P-108 思った通りにやってきた
イリスさん達の来村でハンターの数が増えた。
浜の西側に20人を超えるハンターを動員できるとのことで、ローエルさんが少し安心しているのが良くわかる。
サルマンさん達のところにも若手の6人組のハンターが割り振られたらしいから、それなりに安心できそうだ。もっとも、襲撃前にサルマンさん達に酔い潰されないかが心配になるけどね。
「どうにか、形になったな。イリス達もよろしく頼むぞ」
「リュウイ達を失うには忍びない。辺境の村は避難をさせたから少しは安心できるだろうが、父上にしても今回のような騒ぎは初めてだと言っていた」
ギルドが臨時の本部みたいなものになっているから、パンドラは俺が代表して参加している。
あらかた準備を終えたところで、ここで待つことになったのだが、盗賊の姿なんてどこにも見えないんだよな。
少しだらけた感じで俺達はお茶を飲んで待機している。
元々5つのパーティがいたんだが、王都からイリスさん達2つのパーティが合流しているから、ハンターは7人、警邏の隊長に自警団の隊長が2人、後はサルマンさんと血気溢れる村のおじさん達の代表、以上の11人がテーブルを寄せ合って相談の真最中だ。
「王都からの知らせではこの村に200人ということですから、他の村と合わせれば千人にもなるでしょう。この王国にそれほどの盗賊がいたんでしょうか?」
「金になると思えば集まってくるんだろうな。半数以上は隣国の盗賊に違いない。問題は王都だろう。場合によっては王都の石壁の中にも入りそうだ」
「まさか! 城門を開く輩がおるとでも?」
イリスさんが小さく頷いた。さすがに口に出すことはできないんだろうな。状況証拠で相手に罪を負わせることはできないということなんだろう。
「だが、分からねぇ。それほどの価値がこの村にあるってことか? まさか……」
「先月、絹を運んだろう? それが答えになる。父上も、早めに手を打たなかったことを後悔しているようだが、今となってはこの状況を逆手にとることを考えている」
要するに怪しい者達を泳がせてるってことなんだろう。だけど迷惑な話ではあるな。
「絹の利権とはそれほどのものなのか?」
「金を掘り当てたようなものだと、母様が言っていた」
「まったく、寒村を少し豊かにしようとするだけでこれだからな。やってくれば皆殺しで構わねぇんだな?」
「盗賊、盗賊に組したものであれば問題ない。もしも生存しているならば王都に移送することになる。広場で公開処刑だ」
過剰防衛を気にする必要はなさそうだな。やってきたら皆殺しにしても良いってことになる。もっとも、盗賊達も同じことをしてるんだから文句は言われまい。少なくとも一般人を巻き込むようなことにはならないはずだ。
「1つ、よろしいですか? 王都にその噂が出てからイリスさん達はこの村に来たんだと思います。だいぶ日が経っていますけど、本当に来るんでしょうか?」
「そう思わせてからの襲撃ということだな。まだ山に潜んでいるに違いない。軍の一部が山を捜索しているようだが、あまり期待はできそうもない」
俺の質問に、イリスさんが答えてはくれたんだが、すでに盗賊の知らせを受けて10日近く経っている。緊迫した状態が続くと村人の生活が成り立たなくなってきそうだ。
サルマンさん達が魚を無償で配っているし、野菜も近くの畑から運んでは来るのだが、やはり商人がやってこないと不足するものも出て来るに違いない。
突然、ギルドの扉が乱暴に開かれると、自警団の若者が飛び込んできた。全員の視線が若者に集まる中、荒い息をしながら大声を上げた。
「やって来たぞ! 西の荒れ地の奥に煙が見えた」
「煙だけなんだな。姿は見えたのか?」
「遠くに煙が2筋だ」
「ご苦労。皆を集めて北の広場に集合だ。見張り台に上ってる連中にはあまり姿を出すなと言っといてくれ」
警邏隊長の言葉に若者が頷くと、すぐにギルドを出て行った。
警邏隊長が改めて俺達の顔を眺める。さてどんな指示が出るんだろう? 俺達は警邏隊長の言葉を待つことにした。
「聞いての通りだ。だが、煙はたぶん見せ掛けだろう。最初にやってくるのは東からに違いない」
「陽動だな?」
「その通り。東の浜を狙うだろう。その後は北門だな」
「そして、主力は西の浜を使って村を襲うというわけか。中々、手際が良いじゃねぇか」
「東と北はあまり間をおかずにやってくるでしょうが、西の浜はそうではないと思います。俺達が北に戦力を移動してからが勝負と見てるでしょうから、北を甘く見ない方がよろしいかと」
「もちろんだ。俺とトーレルがいれば何とか広場で食い止められるだろう。広場から南に抜ける通りは荷車で塞ぐし、その後ろは村の有志が槍を構えている」
再度、配置の確認をして俺達は自分達の持ち場に向かう。サルマンさん達と俺達の食事は漁師のおばさん達が番屋で作ってくれるらしい。
浜の西を守るのは20人近いハンターだから、俺達の番屋のすぐ下の浜辺に焚き火を作って集まっている。
ギルドで知った状況を素早く伝えると、直ぐに皆が北西の荒れ地に顔を向けた。ここからでは煙さえも見えない。まだまだやってこないと思うけど、いつやってきても良いように準備はできている。
「良いか。乱戦になるまでは絶対に物陰から出るな。弓と魔法で対処するんだ。俺達の後ろにも数本ロープが張ってあるから、俺達を抜くのは面倒なはずだ」
「シグちゃん達とカルシアンさんのところの弓使いは、シグちゃん達の場所で最後まで矢を使ってほしい。最初は向かってくる奴で構わないけど、乱戦になったら村に駆け込もうとする盗賊を狙ってくれ」
「だいじょうぶにゃ。たっぷりと矢を仕入れてきたにゃ」
「クラスト達はあのロープの後ろだ。足を取られたところを狩り取ってくれ」
「任せてください。2人は弓が使えますから、あのカゴの後ろで援護します」
最初に会った時には、6人で野犬を追い回していたけど、武器の種類を変えることで少しは狩の腕を上げたみたいだな。かなり期待できそうだぞ。
「やはり夜ってことか?」
レイナスの言葉に皆がイリスさんに顔を向ける。
「たぶんそうだろう。だが、リュウイの考えでは東の浜に最初は訪れるとのことだ。まだ十分に間がある。昼寝をしてもだいじょうぶだぞ」
イリスさん達は盗賊狩りを何度かしているに違いない。俺達も1度盗賊を相手にしたけど、4人組の盗賊だったからな。今回は100人以上というんだから、気分が高まって寝るどころじゃないのが本音のところだ。レイナスやシグちゃん達も、昼寝なんてとんでもないという目でイリスさんを見ている。
「なら、じっくりと待つことだ。レイナス、あの干し魚があれば頂きたいが?」
「持ってくるにゃ。たっぷりあるにゃ」
ファーちゃんが番屋に走って行った。
20人で焚き火を囲み、干し魚を焼きながら頭から齧る姿は、これから盗賊と一戦するって感じじゃないけど、イリスさんなりに俺達をリラックスさせる考えなんだろう。結構固いから、一心不乱に顎を動かすことになる。余り余計な考えをしないためには確かに良い案ではあるな。
夕暮れが近づいてくると、村のあちこちに篝火が焚かれる。防犯灯など無い世界だから、夜間の明かりは、焚き火や魔法で作った光球ぐらいになってしまう。光球をあまり作らないのは、戦が始まるまで待つつもりのようだ。シグちゃんが作ろうとしたときに、慌ててイリスさんが止めていた。
「篝火もそれほど多くは無い。戦が始まればさらに増やすのだろう。我等の場合は、柵の近くに積み上げた焚き木に火矢を放てば十分だ。あまり光球を作らぬようにな。我等の中にいる魔導士の数を知らせるようなものだ」
「弓手も分からぬようにと?」
「そうだ。リュウイの配置で丁度いい。姿を現さずに矢を放て。残った我等が弓を使えば、戦の初めにシグ達を相手が知ることはない。それは中盤になっても役立つ」
強力なクロスボウの発射位置が知られなければ、俺達を十分に援護してくれるはずだ。あのカモフラージュネットの裏にいるなら俺達も安心だからな。
夜が更けてきた。パイプを使いながらその時を待っていると、後ろで騒ぎが始まった。
思わず、皆が互いに顔を見合わせる。
「やはり東が最初だな。クラストのところの弓使いを援軍に送る。6矢放ったら戻ってこい!」
「分かった。行くぞ!」
2人が焚き火の傍から離れると東に駆けていく。
向こうはサルマンさん達がいるけど、弓を使う者があまりいないのが問題だ。自警団の中からも何人かが向かったに違いない。後は、あの大型クロスボウがあるからね。あれを足元に打ち込まれたら、そうそう襲ってこられないんじゃないかな? それに元々が陽動を行う盗賊達だ。騒ぎを起こすだけで十分だと考えてるんじゃないかな。