P-103 二日酔いはギルドで覚まそう
ガンガン痛む頭を抱えて下の食堂に下りて来た。
冷たい水で顔を洗うと、布を絞って鉢巻のように頭に巻いてもあまり変わらないのが恨めしくもある。
食堂のテーブルに向かうと、レイナスが俺と同じように頭を抱えていた。
「飲めないって言ったんだけどな……」
「自分達が飲めるからって、俺達を誘うのは問題だな。もう少し待てば、ファーがお茶を持ってくるはずだ。それを飲めば少しは良くなるんじゃないか」
背中をドンっと叩かれた。思わずレイナスと後ろを振り返ると、苦笑いしたサドミスさんの姿があった。
「あまり飲めなかったんだな。今夜は勧めんから安心していいぞ。ところで、落とし穴を掘りにロクス達が出掛けたが、あの2人で大丈夫か?」
「イネガル狩りで教えたつもりです。でも2人では……」
「村人が数人一緒に出掛けたから大丈夫だ。ガイエン殿も足りなければ知らせるように言っていたが、まだ連絡が来ないところをみると何とかなったかもしれんな」
それなら、ギルドで待ってれば良いだろう。
あっさりしたスープと黒パンの朝食を取って、ギルドに向かう。シグちゃん達はすでにギルドで待機していたようだ。暇にあかせてレビトさんと一緒に編み物をしているのが何とも所帯じみてるな。
「ぐっすり寝てたのでそのままにしといたんです。昨夜は2人でどうにかベッドまで運んだんですよ。今夜はあまり飲まないでくださいね」
やんわりとシグちゃんが注意してくれる。隣のファーちゃんもレイナスを見て頷いている。俺達は頭をかきながら「面目ない」と謝るしかなさそうだな。
「まぁ、それぐらいで許してやってくれ。こいつらの責任は俺達にもありそうだからな」
俺とレイナスがぺこぺこと頭を下げてるところに援軍がやって来た。ガイエンさんに免じてここはどうにか許してもらえそうだ。
「ロクス達が村人10人程を従えて落とし穴を作りに出掛けた。ローエルが一緒だから、問題は無かろう。落とし穴の配置はイネガルを狩った時と同じだと言っていたが、それで良かったのか?」
暖炉から少し離れた場所でお茶を飲みながらパイプを楽しむ。そんな俺達にガイエンさんが問いかけてきた。
「こんな配置になるんです。後ろに大木を背負えば獲物が突進しても隠れられますし、俺達を追って来ようとしても、この配置ならどれかの落とし穴にはまります」
「自分達を餌に誘き寄せるつもりだったのか……。確かに、エステラモンはイネガルと同じで気が荒い。草食獣だが、敵対すれば襲ってくるからな。誘き寄せるということでは、この実も使える」
ガイエンさんがバッグから取り出したのは、大きな柿の実だった。
「それって、どこで手に入るんですか? 昔はよく食べてたんですがこの辺りでは見かけたことがありません」
俺の言葉にガイエンさんがちょっと驚いている。柿の実そのものなんだけど、柿とは違うんだろうか?
「たぶん、この実に似ている果物があるんだろうな。これは人間は食べないぞ。染料の原料にするのだ」
実を砕いて発酵させると濃い黄色を得ることができるらしい。それにしても柿の実にそっくりだな。
「エステラモンもこの実を食べることはないが、匂いが奴の気を引くのだろう。なぜかおとなしくやってくるのだ」
貴族がペットとして飼えるのは、この実のおかげかもしれないな。ネコとマタタビみたいな関係かもしれない。
だけど、食べられないのか……。そっちの方が残念で仕方がない。
「お前も変わってるからな。だけど、食べられる物と食べられない物の区別はできるようにしとくんだぞ」
レイナスに言われたくないところだ。だが、森にこんな実が生っていたら絶対にかぶりつきそうな気もするぞ。
「話の続きだが、例のクロスボウは、この辺りに設ければ良さそうだな」
「はい。この横手が一番でしょう。エステラモンを誘導できるなら、実をちぎって少しずつこの罠に入らせることもできるでしょう。気配を消せるものを用意してきましたから、大型クロスボウの前にそれを置いておきます」
「あれを使うのか! さすがにガイエンの旦那もそんな代物は見たことがないはずだ」
俺達のテーブルにサドミスさんがやって来たドカリと腰を下ろす。手に持っているのは2つのカップだ。1つをガイエンさんに手渡しているけど、昼間からワインを飲むつもりなんだろうか?
「ほう? サドミスは見たことがあるのか」
「こいつらがバジル狩りに使った代物だ。あれで姿を隠せるんだから大したものだ。リューイ達の作ったものを真似て使ったやつの話では、確かに効果があると言っていたぞ」
「バジル狩りの方法か。確かにあれには手こずった。トラ族の天敵がバジルという話はどこのギルドでも聞く話だ」
それだけ、まじめなんだと思うな。
サドミスさんの話を聞きながらガイエンさんが頷いているのは、自分の昔を振り返ってのことだろう。
「バジル狩りを専業とするハンターとは付き合いたくないと言うのは、俺も同感だ。なるほどそれほど効果があるのか」
王都に帰ったら誰かに教えるつもりなんだろうか? これで少しはトラ族のバジル狩りの成功率が高まると良いな。
昼食を宿に戻って取ると、再びギルドに戻って待機する。
ロクスさん達には申し訳ない気がしてきたな。
ギルドで2杯目のお茶を飲み終えたころに、ロクスさん達が帰って来た。村人と一緒にカウンターのお姉さんから報酬を受け取ってるところを見ると、落とし穴作りはギルドが依頼した正式なものだったらしい。
「いやぁ~、大変だったぞ。どうにか、あのイネガルをし止めた時よりも一回り大きな穴を掘ってきた」
「ご苦労様でした。となれば、明日には狩ができそうです」
「どうだ、ロクス。リューイ達の狩が少しは分かったか?」
ガイエンさんの問いに、ロクスさん達が顔を俺からガイエンさん達に向けた。その表情は自信に満ちているな。
「狩には準備が必要であることを学びました。先ずは相手の習性を考えて一番容易に狩る方法を考えるということです」
ガイエンさんの表情に笑みが浮かぶ。厳ついトラ族の表情は変化に乏しいけど、イリスさんとの付き合いが長かったからね。結構喜怒哀楽が顔に出るんだよな。
「十分だ。俺が言っても分からんだろうが、リューイ達と行動を共にすればそれが良くわかる。中堅を鍛えるには良い連中だな」
最後の言葉は、俺達の席にやって来たローエルさんに言ったようだ。ローエルさんがファーちゃんからお茶のカップを受けとって頷いている。
「あの落とし穴の話は聞いたが、実際に見ると良くできていることも確かだ。ロクスが足を滑らせて落ちたんだが、ただの落とし穴なら容易に抜け出せるはずだは、あの落とし穴はそうはいかん」
ロクスさん、落ちたんだ。周囲に人がいたから良かったものの、肩近くまで掘ったなら、抜け出すだけで一苦労のはずだ。
「おかげで、身に染みてあの落とし穴の有効性を知りました。足場が固まらないんです。確かに、落とし穴にはまってもがいているイネガルを狩りましたが、あれほどの働きをするとは思ってませんでした」
そんな失敗談を頷いて聞いているんだが、やはり大事なことなんだろうな。
「かえって安心できるな。それならエステラモンにも役立つだろう。ロクスはその仕掛けを確認したかったんだろう」
サドミスさんの言葉にテーブルの連中が笑い出した。俺より年長者なんだけど、ここは俺達も一緒になって笑いだしてしまった。
「となれば、いよいよ明日は狩になる。今夜は酒を飲まずにいよう。明日の狩が終えた時に皆で飲もうじゃないか」
どっちにしても飲むことには変わりなさそうだ。
レイナスと一緒に、あきらめた表情で頷きあう。
夕食を頂いたら、早めにベッドに入る。明日は早起きをしなければならない。いつもシグちゃんに起こしてもらうのも問題だしね。
それでも、翌日は体を揺すられてシグちゃんに起こされてしまった。きっと低血圧なんだろう。病理学的に低血圧ならば朝起きが苦手ということを先生から聞いたことがある。
ぶつくさ呟く俺を追い立てるように、着替えを行わせて宿の中庭にある井戸に追いやられてしまった。
顔を洗おうと井戸に近づくと、先客がいる。
「レイナスじゃないか。おはよう、俺も今起きたところなんだ」
「ファーに布団を剥がれて、腹を槍で叩かれたんだ。あれで起きなければ槍で突かれたかもしれない。シグちゃんはそうじゃないんだろう?」
取り合えず頷いておく。俺よりも起きるのが苦手なんだろうな。ファーちゃんも苦労してる。
2人で顔を洗って食堂に向かうと、すでに他の連中は食事を終えてお茶を飲んでいた。
ここは早めに食べるしかなさそうだ。あまり遅いと、ローエルさんにお小言を言われかねない。
「あまり、急ぐと腹が痛くなるぞ。狩は昼過ぎになるだろう。待っているからゆっくり食べるんだ」
ガイエンさんの言葉は、少し苦言が混じっている。このままの流れだとやはり早めに食事を終えた方が良さそうだ。
パンはバッグに入れて、歩きながら食べよう。あっさりしたスープだけでも早く食べようとしたんだが、深皿にたっぷりと盛られた野菜スープはかなり熱いんだよな。俺もレイナスも猫舌だからもう少し時間が掛かりそうだ。