P-102 東の村へ
2つ返事でサルマンさんは俺達の頼みを聞いてくれた。
「実は、すでにもう1台作ってあるんだ。それを使えば良いだろう。一角獣の話は俺も聞いたことがある。家ぐらいあるってから、確かにジラフィンと変わりがねえかもしれねぇなぁ」
番屋の奥の方にある荷物置き場の布を取ると、真新しい大型クロスボウが姿を現した。イザトいう時の為に予備を作っていたんだろう。ありがたく貸して貰うことにした。
とはいえ、かなりの大型だ。
翌日、俺達の番屋の西で大型クロスボウのボルトを試してみる。
使ったのは片手剣をヤジリにした腕位の太さのボルトだ。長さだけでファーちゃんの身長ぐらいある代物だ。
「これで撃ちだすのが、この槍か……。グライザムでもイチコロだな」
「グライザムなら毒矢も使えるが一角獣の表皮を貫通するのは難しいからな。やはりこのような仕掛けを頼ることになる」
ローエルさんとガイエンさんがそんな話をしているところで、俺達がどうにか丸太を打ち込んだ柱に大型クロスボウを取り付けた。
弦を引くのは、専用のフックの付いたロープで全員で引く。
カチリと音がしたところで引くのを止めて、滑走台にボルトを乗せる。
「どれ位飛ぶんだ?」
「あそこに流木がありますよね。結構太い丸太ですから、あれで試してみます」
距離は200D(60m)というところだろう。
しっかりと狙いを付けて、トリガーを引いた。
バスン!
鋭い弦の音が響いたかと思った時には、丸太にボルトが貫通している。
全員で、丸太まで歩くと、貫通した部位を確認する。ガイエンさんは長剣を抜いて、丸太に何度か振り下ろして感触を確かめていた。
「まったく、恐れ入る。トラ族の振るう長剣でも跳ね返るような流木をこの片手剣は貫通しているぞ」
「一角獣の表皮を抜けるってことか?」
「矢の威力ではないな。トラ族が至近距離で槍を放ってもこうはいかぬ。ボルトは2本で十分だろう」
「でも、これを移動するのは面倒ですよ」
「元々が組み上げたものなら、分解して運べばいい。大型の魔法の袋は俺が持っているぞ」
現地組み立てということだな。俺も賛成だ。このまま持って行くとなれば荷馬車が必要になってしまう。
接合部分に番号を書き込んで、後で分からなくならないようにしたところで、分解を行った。
かなりの大きさの荷物になったのだが、ガイエンさんがバッグから取り出した大きな魔法の袋は俺達の持っている物よりもはるかに大きな物だった。
俺達の家にある風呂桶がそのまま入ってしまいそうだけど、分解した大型クロスボウの運搬には丁度良い。
「ウーメラも持って行った方が良いよな?」
「あぁ、ダメもとで持って行こうぜ。俺達よりもロクスさん達ならかなり期待できそうだ。最初は同時に放っても、2番目はロクスさん達に任せよう」
レイナスがうんうんとうなずいている。そんな俺達の会話が聞こえたのか、ロクスさんは笑みを浮かべながら、俺の作った投槍の感触を確かめていた。
一晩ゆっくり休んで、翌日は早めの朝食を取ったところでギルドに向かう。
ギルドの扉を開くと、すでにローエルさん達が暖炉傍でお茶を飲んでいた。俺達が朝が遅いんだろうな。
申し訳なく、6人で頭を下げるとガイエンさんが苦笑いをしている。
「まぁ、リュウイのところで厄介になっている以上仕方ないが、朝は早く起きる癖を忘れる事は無いようにするのだぞ」
ロクスさん達にそんな注意を与えたところで、出発を告げた。
お弁当は一人2食分をすでに確保しているらしい。
俺の知ってるこの世界は意外と狭いからな。
南東に村に行くなんて初めての事だ。ローエルさんの代理で出向くこともあるかもしれないから、ちゃんと道と状況を覚えておくことも必要なんだろう。
街道への道を使わずに、途中で東の荒地に足を踏み入れる。森を大きく時計回りに迂回する考えのようだ。それだけ早く村に着くことはできるだろうけど、森の危険な獣が出てくるなんて考えないのだろうか?
森の手前で、昼食を取る。
かなり森の北になるから、この辺りに来たのは初めてだ。森の木々も太い幹を伸ばしている。焚き木取りに来るものもいないだろうから、ある意味原始林になるのかな?
「けっこう獲物がいそうだな?」
「この辺りに来ることは無かったからね。だけど姿が見えないんだよな」
俺とレイナスの話を聞いてローエルさん達が笑っている。
「この辺りなら小型の獲物だ。たまにイネガルが出てくるけどな」
「リスティはもっと東に行かねば出て来んぞ」
知ってるということは、この辺りで狩をしたこともあるんだろうか?
俺達の歳の頃には、王国内をあちこち旅していたのかもしれないな。
「あの村を根城にするなら、ここまで来ることは無いだろう。だが、王国は東西に広いのだ。隣国近くに行けば、また違った獣達に出会えるんだがな」
食事を終えたガイエンさんがパイプを煙らせながら俺達の話に加わってきた。
王国内を広く旅するのもハンターにとっては大切な事かもしれない。だけど、無理をする必要はないはずだ。
俺達は俺達に出来る範囲の事をしよう。
昼食後の休みを終えたところで、再び東に向かって歩き出す。
春はまだまだ遠い存在だ。日が傾くと途端に寒くなってくる。
夕暮れが始まる前に、野営の準備を整える。
そんな旅を続けて3日目に、目指す村が見えてきた。森はあまり北には広がっていないみたいだ。それでも山麓から続いている丘のような低い尾根が、森の中にいくつか消えている。
「あれが目的のハリル村だ。それほど大きな村ではないが、腕自慢のハンター達が一度は向かう村なんだぞ」
ローエルさんが教えてくれたけど、それでは何のことか分からないな。レイナスが納得顔で頷いているのも問題だと思うけどね。
「森はずっと南東方向に続いている。変わった獲物が多いことも確かなんだ。王都のギルドからそんな依頼を受けて森に向かうハンターの最後の休息地でもある」
サドミスさんの話でようやく納得した。
ハンターにとってはありがたい存在になるんだろうな。そんな村が、エラステモンと呼ばれる一角獣のおかげで寂れることになるのはギルドにとって無視できないということになるんだろう。ガイエンさんが動くわけだ……。
村の門をくぐったのは、すっかり夜のなってからだった。
俺達がギルドで受付をしている間に、サドミスさんが宿を手配しに向かった。夕食がまだだから、その辺りの話も付けてくるに違いない。
「ガイエンじゃないか! ローエルを連れてきたのか?」
「あぁ、おもしろいハンターも連れてきたぞ。安心してくれ」
カウンターのお姉さんと話をしていたガイエンさんの声を聞きつけて、奥の事務所から髭面のドワーフ族が現れた。どうやら、ギルド長らしい。
「あいつらか? トラ族でもまだ若すぎる気がするが」
「その隣だ。2年前の王都の騒ぎを聞いたか?」
「ガドラーの首と一緒に長剣を斬った、という話か? そんな長剣を打った奴の腕がもんだいじゃ!」
「長剣を斬られたのは俺の娘だ。斬った男は、あそこでローエルと話をしている若者だ。金のリンゴの祝福を受けているぞ」
「それほどの腕には見えんのじゃが……」
カウンターで内緒話なら良いんだけど、ここまではっきり聞こえるから内緒話はあの2人には無理だということが良くわかる。
金のリンゴの祝福は、今でも有効だからね。おかげで身体能力が上がったようにも思えるけど、力はトラ族には及ばないし、敏捷性はネコ族のレイナスには及ばない。それでも、いざという時には剣豪みたいな動きができるんだから、ありがたい話ではあるんだよな。
ギルドの扉が開いて、サドミスさんが現れた。
俺達の所にやってくるかと思ったら、いきなり大声を上げる。
「宿を決めてきたぞ。食事は少し時間が掛かるそうだが、たっぷりと食べさせてくれるそうだ」
「そうか! どれ、出掛けるか」
ローエルさんが嬉しそうに席を立つと、ロクス達が直ぐ後に続いて立ち上がる。
やはりみんなお腹が減っていたみたいだな。
遅れないように俺達も後に続いてギルドを出る。
外はすでに真っ暗だけど、途中途中に小さなランタンが下がっている。それほど裕福な村ではなさそうだから、直ぐに消されてしまうのかもしれないな。
サドミスさんが入った宿は、そんなランタンの下がった店だった。
部屋の中は、壁に下がられたランタンと数卓あるテーブルのロウソクの明かりで、ほんのりと照らされている。
そんなに明るくは無いんだけど、ランタンの明かりは何となく温かさが感じられる。
「さぁ、座って頂戴。直ぐに食事を持って行くからね」
「ほら、適当に座るんだ。飲めるのはこっちだぞ」
宿のふくよかなおばさんの優しい声に、サドミスさんが俺達に向かって声を出す。
レイナスと顔を見合わせて、少し離れたテーブルに着いた。
俺達も酒は飲むけど、ワインをカップ1杯程度だ。サドミスさんの殺気の言葉だと、あの席は食事よりも酒の分量が多くなるんじゃないかな?
ローエルさん苦笑いを浮かべながら、ガイエンさんとサドミスさんの間に座ったのを見ただけでも、俺の予想はかなり当たってるんじゃないかな?