P-100 ギルドで待機
翌日の夕暮れを過ぎたころに、ようやく村にたどり着く。
イネガルを肉屋におろして、依頼書に完了のサインをもらう。イネガルの卸値は250Lだけど、3倍ほどの大きさだということで600Lを受け取る。
ギルドのミーメさんに依頼書を渡して、ガトルの毛皮と牙を渡した。ガトル30頭分はそれだけで750Lになるんだが、9頭分の毛皮は俺達で使いたいから、その分安くなるのは仕方がない。
牙が30頭分で300L、毛皮が21頭分で315L。イネガルと合わせれば1215Lだから、1人173Lだ。残りは俺達の生活費になる。
狩の成功を祝って、ガトルの毛皮を雑貨屋に持って行き、3枚の敷物を作って貰う。1枚50Lなんだが、これは1人25Lずつ出すことで話は付いている。
「さて、次は宿屋だな。食堂でワインを飲みながら夕食にしようぜ」
「確かに、良い金になったからな。俺も賛成だ」
レイナスの提案にロクスが賛成してくれた。俺とシグちゃんは頷くことで賛意を示しとく。
ちょっと凝ったシチューに丸いパン。それにカップ1杯のワインが付く。これで1人分が8Lなんだから安いものだ。
他のテーブルでも、ハンター達が狩の成果を肴にワインを飲んでいる。
「食堂なんて久しぶりだね」
「まぁ、いつもファー達が作ってくれてるからな。だけど、たまにはファー達にも楽をさせないとね」
「そんな考えを持ってくれる相方なら嬉しいわ。ロクスなんていつも文句を言うだけなんだから」
「俺は正直なだけだ。いつもスープの味が違うと言っただけだろ」
なるほど……。料理下手にバカな位の正直者か。おもしろい取り合わせだけど、コオ2人と一緒にパーティを組むハンターがいるのかな?
そんな話ができるのも、狩りが上手く行ったからだろう。
「だけど、あの大きさのイネガルを倒せるハンターは限定されるな。人間族の黒レベルでも難しいんじゃないか?」
「トラ族の黒、それも中位でないと無理かもね。イリス姉様ならどうするんだろう」
ロクス達は考え込んでしまったけど、たぶん俺達に相談してくるんじゃないかな?
自分達のパーティで全ての依頼がこなせるとは限らない。それなら、そんな狩ができるかもしれないハンター達に相談するだけの心構えがイリスさんにはできたように思える。
両親の心配も、今では稀有になったんじゃないかな。
狩を終えた翌日は俺達の休憩日だ。
のんびりと朝寝坊をきめこみ、昼食兼朝食を頂く。
食事が終わると、ロクスがウーメラを教えてくれと言い出した。
「投槍をあの距離で使えるなら、いろいろと使えそうだ。正直な話、イネガルを落とし穴に落とすことを考えるハンターはいるだろうが、その後を考えるとな」
「近付いて槍を使うのに躊躇するということですか?」
俺の言葉にロクスが頷く。
いつ落とし穴から出てくるかを考えると、確かに近付くのは無謀に思える。俺とレイナスがウーメラを使った最大の理由は、離れた場所から強力な槍を打ち込むことができるからだ。
万が一、失敗しても距離があるから相手の攻撃を交わすことも可能だ。再び距離を取って再度投擲することもできるからね。
「俺達よりも体力のあるトラ族がウーメラで投槍を放つとなれば、かなりの大物も狩れるでしょうね。となると、トラ族の使う投槍を先ずは揃えてください。ウーメラ本体は流木を使えば簡単にできるでしょう」
「とはいえ、投槍を一度も使ったことが無いことも確かだ。レイナス、武器屋に付き合ってくれるか?」
「良いとも!」
レイナスはロクス達を連れて番屋を出て行った。
あの2人がウーメラで狩る相手は何なんだろうな? もっと大きくで物騒な獣なんだろう。俺達はそんな相手をトラ族のハンターに任せて、中型の獣を狩ることにするか。
どれ、帰ってくる間にウーメラに使えそうな流木を探してくるか……。
番屋を出て渚伝いに西に歩いていく。
東には、フェイズ草を採りに皆で行ったけど、西はグチヌを釣った岩場までしか行ったことが無い。
岸辺で暮らしている割には行動範囲が狭い気もするけど、海で狩をするわけではないからね。
握りやすくて、ウーメラの鉤となる部分が上手く作れそうな流木を捜し歩いた。
流木はいろいろとあるんだが、なかなか具合の良いものが無いのが問題だな。たまにこれはという物を見つけても他の流木と打ち合せて見ると、ポキリと折れてしまう。
サルマンさんが、流木は焚き木にしかならないと言ってたのが良くわかる。やはり、森で切り出して加工しなければならないようだ。
番屋に戻ると、シグちゃん達が編み物をしていた。俺を2人がキョトンとした目で見ている。
「あれ? レイナス達は」
「まだ戻ってないにゃ。きっとギルドをのぞいてるにゃ」
手元の作業を休めずに話せるんだから凄いな。指が仕事を覚えてるってことなんだろう。それでも、シグちゃんは手元を休めて暖炉からお茶のポットを下ろしている。
「今度は何の狩なんでしょうね?」
「この季節だからね。大型ならリスティンだろうけど、他のハンター達がそんな依頼は受けるだろう。俺はモグロンド辺りが良いんだけどね」
「それなら、私とシグちゃんで数匹は狩れるにゃ。リュウイさんと兄さんに周囲を見ててもらえば確実にゃ」
荒地だから野犬がつきものなんだよな。ラビーが一緒に狩れるからお土産にも丁度良い狩なんだけどね。
そんな話をしていると、番屋の扉が開いてレイナス達が帰って来た。ロクスさんが笑顔なのが気になるところだ。
リビングに座ったところで、ロクスさんが直ぐに話を始める。
「ギルドに待機ということだ。近隣の村で何かがあったということだろう。困っているなら助けるのがハンターの務めだ」
シグちゃんが手渡したお茶を飲みながら話してくれた内容は立派だけど、笑顔ではね。
トラ族の人達は感情表現が素直なところが、良いような悪いようなところではある。
だけど、嫌いではない。素直な性格は好感が持てるし、バジル狩りに苦労する姿も何となくユーモラスに想像できるからね。
「イリスさんの時には山村のガトル狩りだったな」
「あの時はガドラー付だったんだぞ。イリスさんがいたから何とかなったようなものだ」
「でも、イリスさんの長剣をリュウイさんはガドラーの首と一緒に斬ってましたよ……」
そんな話を俺達で始めたから、ロクス達が聞きたがるのは何となく分かる気がする。
ここは、話の上手なレイナスに任せてのんびりとパイプを楽しもう。
途中でロクス達が質問をしても、レイナスは知りえる範囲で答えているから、彼らもその時の情景を思い浮かべることができるのだろう。憧れのイリス姉さんってことだけど、実の兄弟ではないんだよな。それでも親戚らしいから小さいころからお姉さんと呼んでいたに違いない。
「そうか……。ガイエン殿が、駆け付けるのも無理はない。だが、そんな依頼だとすれば、王都からも援軍が来そうだな」
「イリスさんなら気心が知れてるから良いんだけどね。でも王都にハンターは多いんだろう?」
「ギルドには常に10組以上のハンターがホールで待機しているぞ。それも青の高位からの連中だ」
ロクス達は青の5つということだ。俺達よりもはるかにレベルが上だけど、ハンターとしての素質はトラ族が一番だからだろう。
だけど、トラ族だけでは全ての狩を行うことができないことも確かだ。種族の異なるパーティが出来上がるのは、互いの長所で自分達の短所を補いたいためということになる。
それにしても、常時10組以上のパーティがいるとはすごいな。この村だと俺達とローエルさん達ぐらいだし、それも朝か夕方に限られてる。
「王都はたくさんハンターがいるにゃ。朝の掲示板の依頼書は奪い合いにゃ」
「それで、ここに流れてきたんだ。リュウイ達と知り合えてよかったよ」
「それは俺達だっていつも思っているぞ。おかげでこの番屋だって手に入れることができたからな」
夕食近く間でそんな話で盛り上がる。
夕食の準備はサリーも手伝ってくれるようだ。イリスさんはそんなことは無かったけど、将来困ることにならないんだろうか?
翌日は、交代でギルドに待機することになった。
最初はロクス達が出掛けて行ったけど、何のために待機するかぐらいは教えてくれても良いように思えるんだけどね。
「それで、投げ槍を注文してきたの?」
「武器屋に頼んだから少し時間は掛かるだろうけど良いものができるはずだ。俺達の投げ槍よりも少し大きいけど、サリーが持っている槍よりは細身だぞ」
「ウーメラの材料が無い。流木で作ろうとしたんだけど」
「なら、番屋の後ろの焚き木を使え。少し長めに切り取ってあるから使える物があるんじゃないか?」
それも手だな。直ぐに番屋の裏手に行って焚き木を物色し始めた。
焚き木は火持ちを考えて広葉樹を切り出している。丁度良い具合に乾燥しているはずだし、広葉樹の粘りはウーメラには最適だ。
手ごろな焚き木を2本選んだところで、リビングに持ち帰る。暖炉の傍に布を広げて、サバイバルナイフを使ってゆっくりとウーメラの突起を作りだしていった。
ウーメラの長さは腕力と槍を保持する腕の長さで決まるから、ロクス達の名が槍の構えを見ながら調節すればいいだろう。
3日程の余裕があれば、次の依頼にはロクス達もウーメラを使うことができるかもしれないな。