P-010 分け前はザル一杯
ドンドンっと番屋の扉を叩く音で目が覚めた。
急いで身支度をすると、レイナスが扉を開ける。
「ちょっと手がたりねぇんだ。手伝ってくれ!」
どうやら隣の番屋の漁師らしい。何事だろうと外に出てみると地引編みを曳いているようだ。今朝は人数が集まらなかったのかも知れないな。
急いで4人で駆けつけると、漁師達の間に入って綱を曳く。
エイヤ!、エイヤ!と声を出して、その声に合わせて綱を曳くのだが、なるほど重いな。中学生時代にキャンプで地引網を体験したことがあるが、あれはもっと小さい網だった。
やはり、本業ともなると大きな網だから抵抗も大きいようだ。
それでも、少しずつ沖に浮かんだ浮きが近付いてくるのが分る。
これで、魚が余り入ってなかったらガッカリだが、近付くに連れて網からピョンピョンと魚が逃げ出している。
これは、大漁の予感がするな。
そして遂に網が渚まで引き上げられた。
網の底に固まって魚が暴れている。
「もう少し引き上げるぞ!」
この声は、サルマンさんだな。
そして、前と同じように声を上げながら綱を曳いた。
「好し! 籠を持って来い!」
数人の漁師が大きな籠を抱えてくる。その後ろからおばさんがザルを沢山持ってやって来た。
網のたくし上げて魚の山から漁師達が手際よく魚を選別して籠とザルに入れていく。
たちまち籠は一杯になり追加の籠が運ばれてきた。
ザルに乗せられた魚は籠に乗せられた魚よりも小さいものだ。これも加工されて出荷されるのだろう。
「よ~し、終ったぞ。皆集まれ! ほれ、お前たちもだ」
なんだろうと、近付いて行くといきなりザルを1つ渡された。
「お前達の取分だ。今朝は済まなかったな。人手が足りなかったから急いで起こしちまった」
「それは、かまいませんが……。こんなに頂いて良いんですか?」
「昔からのしきたりだ。網を引く者には分け前を渡す。今後もあるかも知れねぇ。その時はまた頼むぞ!」
確かにザルに山盛りだ。
ファーちゃんは嬉しそうだが、これをどう始末しろと……。ちょっと途方に暮れてしまった。
「一旦、家に戻ろうぜ」
「あぁ、そうだな」
俺達は家に戻ると、囲炉裏に火を起して相談を始める。
「数匹なら分るが、これは少しじゃないんじゃないか?」
「まぁ、取り決めらしいから、貰っておくのがスジだろう。そして、これで干物を作ろう。それ程難しくないから手伝ってくれ。
干物なら日持ちはするし、食材も少しは多くなるからな。ファーは、人数分だけ串焼きにして朝食の準備だ」
そうと決まれば、早速行動開始だ。
番屋の先に穴を掘ると、早速ファーちゃん達が手頃な大きさの魚の腸を取って串に刺していく。
直ぐに番屋に入っていったから、スープを作りながらじっくりと串を炙るつもりだな。
シグちゃんもポットに水を汲んで番屋へと入って行った。
「さて、量が多いから手伝ってくれ。簡単に鱗を取って腹開き。腸を取ってこの桶に並べてくれ」
レイナスの手付きを良く見て大体の感じが掴めてから、サバイバルナイフを引き抜くと俺も作業に参加する。
意外と難しいし、魚の粘膜でナイフが滑るんだよな。気を付けて作業しないと怪我をしそうだ。
それでもザルに山盛りにされた魚をどうにか開くと今度は海水を汲んで来いと言われた。
レイナスは、桶に汲んできた海水で、開いた魚を次々に簡単に濯いでいく。
「これで後は天日干しをするだけだ。朝食を終えたら、雑貨屋で買い込んでおこう。これからもこんな事が無いとは限らないからな」
「あぁ、だが毎日じゃ困るぞ。今日は森に行かずに少し番屋を補修しようぜ」
「そうだな。これが心配だし。……これから寒くなりそうだ。布団も買い込まねばならないぞ」
結構出費が多くなりそうだ。
それでも、此処の宿代が安いから助かるんだけどね。
朝から働いたから立派な朝食ではなくとも、美味しく頂ける。それに獲りたての魚の串焼きが付いているのだ。ファーちゃんは天国にいるような笑顔で頂いてるぞ。
朝食を終えると、レイナスと2人で雑貨屋へ向かった。
まだ、朝日が出て間が無いのに、お店は開いているようだ。娘さんがお店の前の通りを箒で掃いている。
「お早うございます。ザルを買いたいんですが」
「色々ありますよ。さぁ、入ってください」
店に入ると、棚の一角に案内してくれる。確かに色んな種類があるな。
そんな中で平べったい直径1.2m程のザルをレイナスが選び出した。
俺は、近くにあった籠が気になったので、それを持ってカウンターに向かう。
「そのザルなら1個5Lになります。そちらの籠は15Lです」
「意外と安いんだな」
「冬の農家や漁師さんが作るんです。数が多いですし、干物作りでそれなりに需要がありますから安いんです」
なるほど、薄利多売と言う訳だ。
確かに、干物作りには必要だよな。漁師さん達なら沢山使いそうだ。
「ところで、寝具って相場はどれ位?」
「それこそ、色々ありますよ。良く売れるのは120Lから150L位の寝具です。それと、毛布は50L位が売れ筋ですね」
「隙間風を防ぐのに使うような物はあるのかな?」
「隙間にもよりますね。大きければ板で塞ぐでしょうし、小さければ適当なもので皆さん塞いでますよ。この店も、使い古した商品用の紙を使ってます」
要するに工夫次第という事か。
俺達は、ザルと籠、それに短い釘を一袋手に入れて番屋へと帰った。
「お帰り! どうだった?」
「とりあえず、干物を干してからだ」
2つのザルに魚の開きを並べると日当たりの良い場所に干しておく。天気が良いから1日干せば大丈夫だろう。
一仕事終えたところで、囲炉裏の周りに集まってお茶を飲む。
「布団は結構高かったよ。1組に毛布を付けると銀貨2枚だ。4人だから8枚を目安にしなければならないな。
それで、今は報酬の半分を共通にしてるけど、宿代が殆ど掛からないから三分の一に変更したい。それでも余るほどだと思う」
「それで賄えるなら俺達に依存は無い。今まで通りシグちゃんが管理してくれればいい」
しかし、銀貨4枚は大変だな。
100L位は俺達で持っているにしても、新たに300Lを稼がねばならん。
1日150L位稼がないと寒さに震えることになりそうだ。此処は海に近いから雪は降らないだろうが、北風は吹くだろうからな。
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昨日は朝から漁だったけど、今朝は本来のハンターに戻って森に出掛ける。
狙いはサフロン草にライトンの実で前回同様なのだが、今回はエルちゃんも弓を使うから少しは多めに採れるんじゃないかな。
前回同様レイナスが杖で藪を探りながら森を進み、俺は一番後ろで籠を背負っている。折角来たんだから薪をついでに採るつもりだ。
しばらく進むと広場に出る。今度は少し南に下がった所を進んできたから、この前とは違った広場になるはずだ。
早速、シグちゃん達がサフロン草を探し始める。
掘り始めたところを見ると群生している所を探し当てたようだ。掘りながら片手でファーちゃんを呼んでいる。
俺とレイナスは、周辺の監視をしながら北側の木立の上を見て歩く。
「見つけたぞ!」
「こっちもだ!」
あるのが分かればいい。
先ずは俺達も参加して、サフロン草の球根採取を終わりにしなければならない。
1時間程ひたすら採取したところで、どうやら依頼個数を大幅に超えたようだ。
ちょっと休憩して、今度はライトンの実に取り掛かる。
手作りの仕掛けの付いた矢を持ってエルちゃんが木立の上を狙う。
「当てるんじゃなくて、実の付いた蔦を飛び越えれば良いんだ。紐が付いてるから何度でもやり直せるからね」
「大丈夫。1回で済ませるから……」
俺はシグちゃんの構えに合わせて、糸巻の角度を合わせて待つ。
ヒュンっという音がして俺の持つ糸巻から、細紐が勢い良く飛び出していく。そして頃合を見て人差し指でブレーキを掛けた。
「ね! ちゃんと飛び越えたでしょう」
「あぁ、上手くいった。次ぎは革紐を結ぶから、矢の方から引いてくれ」
細紐をクルクルと捻って輪を作ると、その輪に革紐を通して結びつける。きつく結ばないように注意するのがミソだな。
出来上がったところで、矢のところにいるシグちゃんに合図を送ると、グイグイと革紐が上に上っていく。
蔦を越えてシグちゃんの手元に来たところで、革紐をグイ!っと引くと梢に絡みついていた蔦がドサリと落ちてきた。
シグちゃんがライトンの実を蔦から採っているのを見て、俺は道具を元に戻す。
意外と延びた紐を回収するのが面倒だな。
「6個も取れたよ」
「幸先が良いな。次ぎも同じ位取れれば良いんだけどね」
レイナス達は次の蔦を狙ってるようだ。
俺達も急いで次の蔦を探して歩き始めた。
「どうにか数が揃ったな」
「あぁ、1つの広場で依頼が達成できるとは思わなかったよ」
2組で採取するのと、ライトンの実が生る蔦が沢山あったことから、30個を越える実を手に入れた。
焚火を作ってお茶を飲んでいる俺達の声は弾んでいる。
結構な収入が期待できるからな。
「どうする。直ぐに帰るか?」
「折角来たんだ。薪を取っていこうと思ってる」
「なら、俺とリュウが薪を取っている間に、ファー達はもう少しサフロン草を採取すればいい。場合によっては、ギルドで次の依頼分が渡せるかもしれないからな」
そんなこともできるのか。
確かに、次の依頼数があれば、標準価格で引き取ってもらわずとも、依頼の完了と言う形で引き渡すことも可能な筈だ。
パーティなら1度に2件までの依頼を受けることができる。1日に2件ではないのだ。
俺が広場の端を巡りながら薪を集めていると、レイナスが手招きをしている。
なんだろう?
訝しげな気持ちで、レイナスのところに歩いて行った。
「どうした?」
「虫の鳴き声が止んだ!」
危険な獣が近付いたということか?
「逃げられるか?」
「無理だ。どうやら、俺達を見つけたようだぞ。あの木立の奥を見ろ!」
200m程離れた藪から数匹の野犬のような獣がこちらを睨んでいる。
「ガトルのようだ」
「あぁ、どうだ。やったことはあるか?」
「一度な。シグちゃんを木に乗せて援護して貰った」
「俺はファーに矢でな……」
ゆっくりと左右を見る。
横に大きく枝を伸ばした雑木があった。
「あの雑木なら丁度良いぞ!」
「分った。……ファー、そろそろ帰るぞ」
帰るといえばゆっくりとこちらに来る。
2人は手を挙げて作業を終えると、ポンポンと土を払ってこちらに歩いてくる。
俺達もゆっくりと杖や籠を持つとシグちゃん達に近づいて行った。
「沢山採れたよ」
「あぁ、ご苦労さん。ゆっくりと、あの雑木に上るんだ。弓と矢は持って上るんだよ」
俺の言葉に首をかしげながらも2人はゆっくりと雑木に向かって歩いて行く。
俺達も少し距離を取ってその後を歩いて行く。
2人が2m程上の枝に登ったところで、俺達は武器を取った。
杖の先に付けた短剣のケースを外して籠に放り込む。
「右を頼むぞ」
「おう、左は好きになれんが、リュウは左利きだったのか」
森の中から数匹のガトルが現れた。
前の森で襲ってきた奴よりは小さいな。