P-001 シグちゃんとの出会い
腹が減って動く事もできん。
もう、2日も食べていないからな。その2日前だって、綺麗なお姉さんが金色に見えるリンゴを恵んでくれただけだ。
あれは美味かったが、今思えばあのお姉さんの姿が変ってたな。白銀のチェインメイルにピカピカ兜とハート型の槍を持ってた。
『ありがとう』って伝える前に姿を消していたんだよな。
もう、ダメだ!
意識が朦朧としてきたぞ。
異世界迷い込みは色々とあるようだが、まさか異世界到着7日目で餓死するのは俺ぐらいだろう。
昼ねしてたら突然に、『異世界へ、1名ご案内!』って声がして此処に来ていた。
誰かは知らないが調子がいい奴だったな。そして、弁当を持たせる位の思いやりが欲しかったぞ…………
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ぐう……っという自分の腹の音で目が覚めた。
何と、美味そうな焼肉の匂いがする。
身を起こそうとしたが、力が入らない。ドサリと中途半端な体勢で草むらに逆戻りだ。
「あにゃ?」
俺の目に映ったのは美人と言うより可愛いという部類の女の子だった。
銀色の髪を三つ編みにして鉢巻のように頭にグルリと巻いている。革の上下を着ているからちょっと目には男の子みたいに見えるな。
そして、口に咥えた大きなパンが魅力的だ……。
それでも、パンを口に咥えたままで俺を大木に寄り掛からせてくれたのは嬉しいぞ。
そして、女の子が再び小さな焚火の所に行こうと立ち上がった時、再び俺の腹がぐう……って音を立てた。
「ちょっと待ってくださいね」
女の子がそう言って越しの革製のバッグから袋を取り出して、大きなパンを取り出すと俺の手に載せてくれた。
ジュージューと焼きあがった肉を挟んで、はい!って渡してくれたパンを見たときには思わず目から涙がこぼれる。人の情けがありがたいな。
そして、貪るようにパンを食べきると、女の子がもう1個パンを出してくれた。
今度は味わって食べよう。
パンは黒パンで少し固いけど、野菜と焼肉が挟んである。
焼肉の塩加減が丁度いいな。
「ありがとう。もう5日も食べてなかったんだ。お礼を渡したいけど、生憎と何も持ってないんだ」
「いいえ、いりませんよ。ハンターならお互い様です。今回は私が助けましたけど、逆になったら助けてくださいね」
笑顔でそう言うと、俺に木製のカップを渡してくれた。
クンクンと匂いを嗅いでみると、ハーブの匂いがする。お茶なのかな?
飲んでみると、これが美味い。
女の子も、感動しながら飲んでいる俺を見て微笑んでいた。
そういえば……。
「さっき、ハンターって言ってたよね。それって?」
「えぇ? ハンターじゃ無かったんですか。てっきりその大きな剣を見てそう思ったんですけど」
「ハンターではないことは確かだ。それが何か分からないからね。それに此処がどこかも判らない。何時の間にか此処にいて、2日程まえに美人のお姉さんから金色の見事なリンゴを貰って食べたっきりだからね」
「フレイヤ様のリンゴ!」
今度は、リンゴで驚いてるぞ?
あのリンゴって食べちゃいけない奴なのかな?
「それで食べたんですか?」
「腹が減ってたし……」
ちょっと残念そうな顔を俺に見せた。
「フレイヤ様は、遥か北に住んでいると言われている女神様です。気に入った相手に黄金のリンゴを与えると聞いた事がありますよ。
それと、ハンターですが……、何でも屋ってことですね。村や町のギルドに登録すると依頼を斡旋してくれます。
私も、ハンターの端くれで赤4つなんですよ。簡単な狩りが出来るんです」
得意そうに女の子が教えてくれた。
要するにハローワークみたいなものか?
ゲームの世界にそんな店があったような気がするけど、同じようなものと考えても良いようだな。
「俺も、ハンターになれるんだろうか?」
俺の言葉に驚いているようだった。
どこに驚く事がある? 俺は今年19歳の予備校通いの男だぞ。
「でも、どう見てもハンターに見えるんですけど……」
改めて自分の姿を見る。着ているものは古いGシャツにGパンだ。
下はトレーナーだし、スニーカーだって何時もの奴だ。
前と違っているのは、ベルトに付けた小さなバッグと背中の変な剣位なものだ。
そのバッグには革手袋とバンダナが入っていただけで、持ち物で役立ちそうなのは右手の多機能腕時計とサバイバルナイフ位だろう。
ん? そうか、武装しているのがハンターと言うことになるんだろう。
確か、あの神はこの剣とサバイバルナイフを一緒に送ってくれたんだよな。
「そうだ。これも何かの縁だ。さっき言ってたギルドに連れて行ってくれないかな。お金も食料も無いから、今度こそ飢え死にしそうだ。俺に働けるなら仕事を紹介して貰いたいからね」
「えぇ、良いですよ。私もギルドに帰る途中なんです。今日は野犬を3匹も倒したんです!」
得意そうに女の子が言ったけど、この子が持っているのは後ろの腰に斜めに差している片手剣だけだぞ。片手剣で野犬とやりあったのは凄いとしか言えないな。
女の子は焚火の脇に小さなスコップで穴を掘ると其処に焚火の残り火を埋めた。
火の始末はキチンとしなけりゃな。
そんな訳で、得意そうに歩く女の子の後ろに付いていく。
だが、夕方になってもまだ町も村も見えない。
日暮間際に近くの林の一角に小さな焚火を作って鍋を掛ける。鍋の中身は袋からお椀で2杯取り出した乾燥した野菜のようなものだ。
そういえば水は大きな水筒から出してたけど、バッグの中によくもあんな物が詰め込めたものだ。物理的にありえないんじゃないか?
暇潰しに、近くの立木の真直ぐな枝を切ってナイフで杖を作り始めた。
このナイフには見覚えがある。確か量販店で昔キャンプに行く時に買いこんだ品だが、何時の間にか無くなっていた物だ。
なんで俺が今持っているのかは、俺が此処にいるのと同じように不思議に思える。
作った杖は2m近い。ちょっとした槍みたいだから、先を削って焦がしておこうかな。
「はい、できましたよ。予備の食器を持ってて良かったです」
「ありがとう。でも、本当に直ぐにはお返しが出来無いよ」
「そうですね。でも1つ私の我が儘を聞いてくれますか?」
「俺で、できる事なら!」
「明日には村のギルドに着きます。そしたら、私とパーティを組んでくれますか? 村のハンターは私とレベルの差がありすぎて誰も相手にしてくれないんです」
「あぁ、それ位ならこっちがお願いしたい位だ」
ヤッターって女の子が喜んでる。
今まで1人で依頼をこなしていたのかな。ちょっと不憫に思えてくる。
夕食は具沢山の野菜スープだ。それにハガキ位の大きさがあるビスケットが付いていた。どうやら、これがハンター御用達の携帯食料らしい。味はそれなりだが量があるのが嬉しいぞ。
食事が終ると女の子が食器と鍋を纏めると、【クリーネ】と呪文を唱える。その言葉が終らない内にサッと風が吹いて食器や鍋が綺麗になる。
この娘は、魔法使いだったのか……。
俺は、知らないうちに剣と魔法の世界に紛れ込んでしまったようだ。
女の子が入れてくれたお茶を飲みながら互いの事を話し合う。
こんな時にはタバコが欲しいなと思って、Gシャツのポケットに手をやると封を切ったばかりのタバコの箱が入っていた。
ライターもあったが、こんな時は焚火で火を点けるのがお約束だ。
タバコをプカリって吸うと、女の子が驚いていた。
「タバコはパイプを皆さん使ってます。そんなタバコははじめて見ました」
「タバコがあるんだ。酒もあれば言う事が無いな」
俺の小さな嗜みはどうにかこの世界でも満足出来るらしい。
俺を助けてくれた女の子の名前は「シグリア・バンヒルド」と言うらしい。でも、「シグって呼んでください」って言ってたな。
俺は、「ハンザワ・リュウイ」と本名を名乗ったのだが、名前と氏族名がどうやら此処では反対らしい。西洋のようだな。
俺も「リュウで良いぞ」って言ったらニコリと笑ってた。
確かに、此処は中世ヨーロッパのような感じだ。
シグちゃんの持っていた片手剣も両刃のものだ。魔法を使ってたからひょっとして魔女なのかな。
そんな疑問にもシグちゃんが答えてくれた。
どうやら、「エルフ」と呼ばれる一族の出らしいのだが、シグちゃんの両親の内、父親は人間だったようだ。ハーフエルフと呼ばれているらしい。
生粋のエルフの村で暮らしていたらしいが、数年前に兄がハンターとなって村を出たと言っていた。
その後は母親と暮らしていたらしいが、母親が死んでからは村人に疎まれていたようだ。ある意味差別だな。小さい女の子なのにかわいそうなことをするもんだ。
それで村を出てハンターになったらしい。
どうやら、ハンターとは実力社会らしい。其処には実力の差はあってもそれ以外の差別はないとの事だ。俺でもやっていけるだろうか? ちょっと心配になってきたぞ。
ふと、虫の音が止まった。急いで闇の中を見回す……。
2つの光る目が沢山集まってきているようだ。
「シグちゃん、どうやらお客さんだ」
「お客さんって? ……何ですかこの数は」
そう言っても俺には答えられないぞ。
杖を持って立ち上がると、薪を数本焚火に投げ込む。
一段と高く火が立ち上り、その姿がはっきりと見えた。大型犬のような奴が鋭い牙を見せながら俺達に近付いてくる。
「シグちゃん、後ろにいろよ。追い払ってくる」
そう言うと、杖を力一杯近付いてきた犬に投付けると、犬の眉間に突き刺さる。
「ウオオォォ……!!!」
蛮声を上げて背中の剣を抜くと左手一本で水車の様に振り回しながら犬の群れに飛び込んだ。
長剣よりも少し短いが分厚い刀身は片刃で先端も鈍角だ。片刃で横幅が10cm近くある。どちらかと言うと剣の重さで相手に打撃を与えるような代物だ。
それでも、振り下ろすたびに軽い手応えが腕に伝わる。
飛び掛ってきた犬に、右ストレートを鼻に放つと2m程吹っ飛ぶ。
そんな動きを数分間続けると、俺の周りに動く犬がいなくなった。
勢い良く片手で剣を振って血糊を吹き飛ばす。
俺が焚火の所に帰ってくると、シグちゃんの表情が安堵に変わった。
「凄い動きでした。まるで一流の剣士のようでした」
「いや、動きにむらがある。まだまだってことだな」
実際動き回って、自分の動きに満足していない。もっと上手く立ち回れる筈なのだ。無駄な動きがあるのが自分でも良く分かったぞ。
……と考えている自分に思わず笑ってしまった。
剣道や武道なんて何もしたことはないが、俺を異世界に送り込んだ本人が俺の体に刷り込んでくれたのだろうか? それとも危機的条件では誰もが剣を扱えるのだろうか?
まぁ、今の状況では助かるけどね。
「でも剣を振るうのがとても上手でしたよ」
「上には上がいるんだ。シグちゃんも現状で満足するなよ」
俺の言葉に元気に「はい!」って返事をしてた。
いい子じゃないか。こんな子に差別をして村を出させるなんてとんでもない奴等だな。
焚火の傍に座って一服を始めると、シグちゃんが光の球体を作り出して犬の傍で何かをしている。あっちこっちに散らばった犬から何かを回収しているようだ。
そして、その毛皮を剥いでいる。
戻って来たシグちゃんに聞いてみると、野犬の牙と毛皮を回収していたらしい。
「野犬の右の牙が討伐証になるんです。1個15Lで引き取ってくれるんですよ。全部で7個ありました。凄いです。それと、毛皮も売れるんです。これは雑貨屋で引き取ってくれます。1枚5Lですけど数がありますから……」
そう言って、俺に牙と毛皮を渡してくれた。
「牙は貰っておくよ。ハンターの準備もいるだろうからね。だけど、毛皮はシグちゃんの物だ。頑張って野犬から剥いだんだからね。俺にはまだ無理だ」
「良いんですか? これだけで35Lですよ!」
シグちゃんは大喜びだ。何が金になるか分らなければそれまでの話。俺には野犬の牙だけでもありがたい話だ。