幼少の純粋な狂気
この話には若干のグロテスクな表現が含まれます(そんなでもありませんが)。
そういうものに対して嫌悪感を持たれる方は、読まなれないほうが良いということを前記しておきます。
幼い頃の話だった。僕はやけに周りの連中に嫌われていて、よくいじめられていたのだ。
「お前、汚いから。こっちに寄るな」
少し考えて見れば、おかしい話だ。
僕はただ、地面にいるアリを眺めていただけなのに。
「うわ、◯◯菌がうつるぞ!」
「えんがちょえんがちょ」
「消えちまえよ」
僕には意味が分からない。彼らが何を嫌っているのか。なぜ、そこまで拒絶反応を見せるのか。
大げさに表現することで、自らの心を安定させる方法なのだろうか。しかし、僕にはその利点が全く理解できなかった。
「◯◯くんが、おかしいんじゃない?」
その事を僕の友達(恐らく、そうだ。)に話した。彼は、僕の意見に賛同することはなかった。
そして、僕が悪いという結論を出した。彼もまた、分かっていない。
「悪いとは言わないよ。でも、そういう遊びは、僕、分からないなあ」
彼は苦笑いした。頬がひきつっていた。
内心では、彼もまた僕のことを軽蔑しているんだろう。やっぱり、その程度の人間なんだ。
「アリってさ。面白いんだよ。眺めているだけでも面白いけどさ。何かを運んでいる様子だとか、虫に襲われた様子だとか…そうそう。他の巣のアリをね、攻撃するんだよ。知ってた?だから、何匹か捕まえて、お互いに戦わせるんだ。必死に戦ってる姿ってね、見ているだけで興奮するんだ。そして、一方のアリは動かなくなる。ひっくり返って、体を丸めて、そのまま動かなくなるんだ。滑稽だよね」
「えっと、◯◯くん?」
「そして勝ったアリは恐らく、勝利の余韻に浸っているんだろうね。…でもね、僕はそんなんじゃ満足しないんだ。そうやって、決着がついたら、足で踏み潰すんだ。あんなにちっちゃいのにね、感触があるんだよ。べちゃって。明らかに死んでしまったと分かるような、そんな感覚が分かるんだ。そして、足をあげる。まるで押し花みたいにぺっちゃんこになったアリが、そこにいる」
「やめてよ。僕、聞きたくない」
「体の中から汁を出してね、原型なんてとどめていない。さっきまで動いていた、確かに命を宿していたのに、もう動かない。命って、こんなにちっぽけなんだ。悲しいね。そう思うでしょ?僕は、そうやって、大切な事を学んでるんだ。それを、汚いだの、気持ち悪いだの、言われる筋合いはない。…もしかしたら、君らの命だって」
突き飛ばされた。
「最低だ。そういうのって、本当に最低だ。命を何だと思ってる。一寸の虫にも五分の魂って、国語で教わったじゃないか。なんでそんな事をするんだ。独りよがりだ。もう、君のことなんて知らない」
僕の唯一の友達は、こうして居なくなった。
今思えば、この狂気的な感情に、彼が嫌悪を抱く理由もよくわかる。
でも多分、あの時、僕は間違っていなかったのだ。あの感情は、とても残酷でありながら、一番根本的な、純粋な部分だった。
何にも穢れていない、それは無垢であった。
今の僕は、どうだろうか。社会に拘束されたこの状態は、幸せだろうか。
穢れきった、染められすぎたこの心は、素晴らしいものだろうか。
考える必要もなかった。今僕が欲しいのは、心を満たす狂気ではなく、ただ、平穏である。
子供は、時に大人より残酷なことを、平気で行う。
バッタの足を引っこ抜いたなんてこと、あったなあ。