第3話
投稿者:土方のわし 2025年9月2日 16時頃
最悪や。帰りにガソリンの出口がなくなったんじゃ。
津山の山道を下りよる途中で、53歳の愛車が「ガクッ」と卑しく身震いしよった。アクセルをドバーっと踏んでも虚しく空転するばかり。メーターを見れば、針が完全にゼロを指して動かん。
「わしさん、これ……山の中で遭難という名の密室劇じゃないですか!」
兄ちゃんが窓の外の真っ暗闇を舐めるように見て、声を震わせとる。
あぁー、もうめちゃくちゃや。失禁寸前の絶望じゃ。
仕方なしに今日は野宿じゃ。幸い、車内には現場用の毛布としこたまの非常食が詰まっとる。わしらは車を路肩に寄せ、太郎を連れて外へ突っ込んだ。
夜の山の、キーンと冷えた「生」の空気が鼻をひくひくさせてきよる。見上げれば、言葉を失うほどの星空がドバーっと、卑しいほどに広がっとった。都会の現場じゃ絶対に見られん、本物の光の粒が肌に纏わりついてくる。
「わしさん、見てください。天の川が……ずるずる流れて、まみれてますわ」
「天の川はずるずるせん。だが、気が狂う程綺麗じゃな」
おっさんが、どこからか取り出した最後のトップバリュを一口煽り、わしに差し出しよった。ガス欠になっても酒の出口は確保しとる。このおっさん、やはりタダ者じゃねえ。
わしとおっさんは、冷えたボンネットに腰掛け、星の下でじりじりと語り合った。
「53歳になって、こんなところで星と盛り合うことになるとはのう」
「人生、何が起こるか分からんから『やったぜ。』なんですわ」
わしは何も言わず、白濁した日常を忘れるように酒を喉に突うずるっ込んだ。もう、おえんわ。この静寂、たまらんのう。
しばらくして、兄ちゃんが汚れ好きの目で空を指差した。
「わしさん、あの星、わしが『ホルモン星』と名付けますわ」
「勝手につけるな。食欲の化身か」
「じゃあ隣は『トップバリュ星』ですわ。黄色く輝いとる」
おっさんが「ええ名前ですな。わしらの道標じゃ」とニヤリと笑いよった。
太郎の奴も、わしの膝の上で丸くなって、鼻をひくひくさせながら夜の山の匂いを舐めとる。
それからはもうめちゃくちゃや。追い毛布を二回重ねて密着し、過去の現場の失敗談をドバーっと吐き出し合った。
――もう一度語り合いたい。何もない夜に、野郎どもと見る星が、一番の宝物じゃ。
こんな変態親父と星の下遊び、しないか。
津山の深い山の奥、動かなくなった軽トラの屋根の上で、夜明けの出口を待っとるぞ。
――ガソリン携行缶をしこたま持って来てくれる奴、おらんかのう。
土方姿のまま、53歳のわしは宇宙の広さにまみれて、朝を待つんじゃ。




