Menu3:〜深淵と沈黙〜 ダークチョコレートの漆黒ミラーグレーズ、沈黙のなかのパインベリー お好みで冷たい抹茶のジェラートを添えて
おしゃれなカフェ風のレストラン。
春日 陽奈と、クラスメートの心春はそろって店内を見まわした。
木目と白を基調としたさわやかな内装。
客席は十ほどあるが、ほかに客はいない。
二、三メートル向こうの大きな木箱のようなカウンターと、その上から吊り下げられているペンダントライトがかわいいと思う。
「橘」というネームプレートをつけたギャルソン姿の男性に、学校帰りにチラシを渡された。
スイーツの試作がいまなら無料なのでといわれ、二人で「行こっか」と顔を合わせてついてきた。
駅までの道からそう外れたところではないのでよく知っている界隈だが、こんなおしゃれなお店があったんだと思う。
「近いうちに開店するとかかな。宣伝かねて試作スイーツの反応見るっていうか?」
心春がボブヘアを耳にかけてコーヒーを口にする。
「あ、なるほどー」
陽奈は声を上げた。いまのうちにとシュシュをポケットから取りだしセミロングの髪をむすぶ。
コーヒーも一杯だけ無料だそうだ。ギャルソンの「橘」さんにしつこく確認した。
「あのギャルソンの人、すっごイケメン。従業員かな、バイト?」
心春が厨房のほうを見る。
厨房のほうからはカチャ、カチャ、と食器のこすれる音がかすかに聞こえていた。
「ほかの従業員さんいないのかな。開店まえの準備中だから?」
陽奈はもういちど店内を見まわした。
心春が、通学カバンからスマホを取りだす。
「いま何時?」
陽奈はテーブルの向かい側に身を乗りだした。
「四時五十分――ぜんぜん間に合う。あれ? え、うそ」
心春が眉をひそめる。
「なに?」
「スマホ、圏外になってる」
心春が眉をよせる。ややしてから、再起動させたようだ。
陽奈も通学カバンからスマホを取りだした。
やはり圏外になっている。
「え、なんで? いつも通ってる道、すぐそこだよね?」
陽奈は店内を見まわした。
「再起動しても圏外なんだけど」
心春が眉をよせる。
「失礼いたします」
ギャルソンの橘がテーブルの横に立つ。
洗練された手つきで、二人のまえにスイーツ用のスプーンとフォークをならべた。
いちど厨房に消えてから、こんどは銀色のトレーを持ってあらわれる。
「深淵と沈黙。ダークチョコレートの漆黒ミラーグレーズ、沈黙のなかのパインベリーと冷たい抹茶のジェラートをお持ちしました」
抹茶のジェラートは添えるか添えないかはお好みでということだったので、二人とも迷わず「添えるほうで」と注文した。
ギャルソンの橘がトレーをテーブルの中央に置き、緑色のジェラートを陽奈と心春のまえに置く。
「え、緑のアイス、かわいー」
心春が声を上げる。
中央に置かれたのは、漆黒のミラーケーキだった。
自分の顔が映るのではと思うほどの光沢だ。
ギャルソンがナイフを入れる様子を、陽奈はドキドキして見つめた。
闇のようなケーキが、切り分けられる。
切り口まで真っ黒なのにおどろいたが、なかに白い果物がのぞき見えた。
「白い……イチゴですか?」
心春が問う。
「イタリア産パインベリーでございます」
「へーえ」
心春が苦笑いをしながら知ったかぶりな返事をする。
陽奈はスマホで検索しようと思ったが、圏外なのを思いだしてやめた。
見た目はネットで見たことのある白いイチゴだ。ふつうの赤いイチゴとは白と赤の部分が逆転した感じの。
やがてケーキが取り分けられ、二人のまえに置かれる。
ダークチョコレートの苦味の混じった甘い香りがした。
「取り分けのさいはお呼びください。では、ごゆっくりどうぞ」
ギャルソンが、うやうやしく礼をした。
「けっこうおいしかったねー」
うす暗くなってきた駅近くの住宅街。
店をあとにして、陽奈は心春とともに駅の裏手の空き地に向かっていた。
住宅街の外れの空き地に、土管にフタをしたものがつき出ている場所がある。
気にとめたこともなかったが、古い井戸なのだと中学のころに授業で聞いた。
この古い井戸の上に、女性の霊が出るとさいきん学校で噂になっていた。
三日の日の六時三十分きっかりに出ると聞いて、学校帰りに見に行ってみようかと心春と話していたのだ。
「ねね、ほんと出るかなー。幽霊、見たことないんだけど」
「あたしも」
着いたときから生ゴミのような匂いがするが、どこかに不法投棄のゴミでもあるんだろうか。
少し気になって見回す。
心春も「くさ……」とつぶやいていちど周囲を見たが、そろそろ暗くなってきた時刻なのであまり遠くのほうは分からない。
それよりも幽霊のほうが気になる。
出るわけないと思いつつも、万が一の遭遇に、怖いとワクワクがない混ぜになった気分でスマホで時刻をたしかめる。
店を出ると、スマホはいつの間にか圏外ではなくなっていた。
あと一分で三日の六時三十分。
「ここの上に出るの? ここ?」
心春が上にかぶさっている金属製のフタにふれる。
金属製のフタがズズッと軽い音を立ててずれた。そのままゴトンと雑草の上に落ちる。
「うそ、壊した?」
心春があわててフタと土管を交互に見た。
ひどい悪臭が立ちこめたが、井戸のなかだろうか。
公共の施設的なものをこわしたというほうが気になって、二人で井戸の中をチラッとのぞく。
「……けっこう水あるね。水が腐ってるとか?」
「使ってない井戸じゃなかったっけ」
陽奈はそう返した。
土管のふちまで、水がたっぷりと満ちている。
どこかから入りこんだ雨水が溜まったとか、そんな感じなのだろうか。
井戸のなかの水は、真っ黒だ。のぞき込んだら自分の顔が映りそう。
ちょうど先ほど食べた漆黒のミラーケーキを陽奈は思い出した。
黒い水のなかから、いくつか浮いてくる白いものに気づく。
ミラーケーキのなかにあった白いイチゴを連想する。
「……骨っぽく見えない? 見えないよね」
心春が小声で問う。
陽奈は怪訝に思い眉をひそめた。
なに言ってんだろと思った。
だがたしかに薄暗いなかに白く浮かび上がって、骨にも見える。
さいきんここにあらわれると噂になった女の幽霊。頭の中で情報と情報が勝手につながり、ピンときた気がして春菜はゾッと鳥肌を立てた。
「死た……違うよね?」
心春がスマホの通話のアイコンに指をそえる。通報しようか迷っているのだろうか。
「え、ちが。たぶん」
陽奈はそう応じた。
だが溜まった黒い水がなんの作用かドプッと土管からこぼれ、白いカケラが土管から流れる。
つづけて女性用のブラウスに思える白い布地がこぼれる水に乗ってズルッと飛びだし、土管の側面を這った。
「やっ……」
陽奈はその場に座りこんだ。
異臭のすごさと動揺で、どうしていいか分からない。
座りこんださいに土管から落ちた金属製のフタにいきおいよく手をついてしまい、生えていたコケで手をすべらせる。
「たっ……痛っ」
コケの色がついてしまった自身の手のひらを見る。
冷たい緑のジェラートがついたように見えた。
終




