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第六章-黒百合は影を縫う-
幾度かの夜が過ぎた。
小さな拠点を落とし、補給路を断ち、徴税兵を退ける。
そのたびに、名が広がる。
黒百合。
誰が最初に呼んだのかは分からない。
だが村を解放した夜、民がその名を口にした。
「黒百合様……」
ツムギは頷くだけだった。
仮面の奥で、何も答えない。
⸻
夜陰。
帝国の小規模拠点。
侵入は静かだ。
剣を握る手は、以前ほど震えない。
動きに迷いが減る。
身体が覚えていく。
だが完璧ではない。
刃がかすめ、腕に浅い傷を負う。
血が滲む。
痛みはある。
それでも退かない。
仲間の兵が息を呑む。
「……速い」
賞賛とも、恐れともつかない声。
ツムギは聞かない。
ただ終わらせる。
影のように。
撤退。
森へ戻る。
⸻
拠点の奥。
ロウドが腕の傷を見る。
「浅い」
それだけ。
布を巻く。
ツムギは剣を拭う。
血は落ちる。
「慣れてきたか」
ロウドの問い。
ツムギは少し考える。
「……分からない」
正直な答え。
慣れたのか。
鈍くなったのか。
区別はつかない。
ロウドは追及しない。
「次は西の村だ」
民を守る。
それが今の動き方。
理由は語らない。
ツムギも問わない。
仮面に触れる。
冷たい。
黒百合。
その名は自分のものではない。
だが、否定もできない。
胸の奥の棘は、まだ痛む。
抜けないまま。
夜明けが近い。
空が薄く白む。
黒百合は影を纏い、次の夜を待つ。




