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第四章-黒百合の名-
村を拠点にして、夜だけ動く。
帝国の補給路。
徴税の拠点。
小さな砦。
反乱軍の作戦に紛れ、二つの影が潜む。
ツムギは仮面をつける。
名はない。
顔もない。
夜に溶けるための殻。
合図。
踏み込む。
剣を握る手は、もう迷わない。
一人。
二人。
斬撃は短い。
血は飛ぶが、音は少ない。
身体が覚えている。
だが以前とは違う。
振るうたび、確かに速くなる。
無駄が削がれていく。
帝国兵の叫びが上がる。
「どこだ!」
「影だ……!」
ツムギは答えない。
目だけが光る。
感情は表に出ない。
怒りも、悲鳴も、ない。
ただ任務を終える。
撤退の合図。
森へ消える。
夜の呼吸が戻る。
息を整える反乱兵の一人が、ぽつりと呟く。
「……まるで黒百合だ」
誰に向けたわけでもない。
仮面。
黒い衣。
血の中で立つ姿。
その名は、自然に落ちた。
ツムギは聞こえている。
だが振り返らない。
仮面に触れる。
冷たい。
それは、自分の名ではない。
それでも。
否定はしない。
月明かりの下。
刃を拭う。
胸の奥の棘が、少しだけ深くなる。
痛みはある。
だが、立っていられる。
ロウドは何も言わない。
ただ、次の標的を告げる。
夜は続く。
黒百合という名だけが、静かに広がり始めていた。




