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第四十章-名を持たず-

――三年後。


戦は減った。


誇張ではない。

数字に出ている。


国境での小競り合いは激減し、徴兵も縮小された。


俺のような平民上がりの兵でも、それが分かる。


三年前、俺はただの雑兵だった。

名もなき家の三男坊。


今は部隊長補佐だ。


家柄ではなく。

血筋でもなく。

戦果だけでもない。


記録と評価で階級が決まる。


あの日、第一王子が討たれた。


新王は兄を斬った。


それから帝国は変わった。


力だけが全てではないと、王が示した。


黒い剣の噂は、今も語られる。


炎でもない。

鋼でもない。

染まらない色の剣。


俺は見ていない。


だが、あれ以降、昇進基準は改められた。


戦は減り、街は息を吹き返しつつある。


少なくとも、俺のような人間には。


だから思う。


あの選択は、間違いではなかったのだろうと。


少なくとも、俺たちにとっては。


だが。


帝国が穏やかになったわけではない。



「……侵攻の兆候は明確です」


ロウドは報告書を閉じる。


玉座ではない。軍議室。


西方の小国。


かつて帝国に削られ、踏みにじられた国。


恨みは、記録よりも長く残る。


玉座の王は言う。


「穏便に」


短い指示。


ロウドは一礼する。


だが現地では、言葉だけでは済ませなかった。


軍を展開する。


補給線を断つ。


威圧。


「反旗を翻すなら、容赦はしない」


声に熱はない。


「帝国は変わった。だが、弱くはなっていない」


相手国は退いた。


剣は抜かれなかった。


だが、屈したわけでもない。


帰還の折。


焼け残った村の影から、ひとりの子供がロウドを睨んでいた。


小さな拳。


噛み締めた歯。


火は消えている。


だが灰は温い。


踏み消したはずの火種は、


土の奥で、息をしている。



黒薔薇と呼ばれた少女がいた。


血の中で咲いた花。


ツムギという名の、儚い光があった。


黒百合と囁かれた影がいた。


今、玉座にいるのは王だ。


臣下は「陛下」と呼び、

兵は「王」と呼び、

民は「新王」と囁く。


その名を、誰も呼ばない。


センカとも。


黒薔薇とも。


ツムギとも。


呼ばれなくなった名は、


やがて歴史の中に沈む。


守るために振るった刃は消えない。


終わらせるために斬った命も消えない。


棘は、胸の奥に残ったまま。


使うことはない力。


玉座に座る王は、窓の外を見る。


曇天。


遠雷が、低く転がる。


誰かが呟く。


「次の戦火は、いつだ」


その響きは、


かつての名に、どこか似ていた。


帝国は進む。


名を持たぬ王のもとで。


棘を抱えたまま。


やがてまた、


火は上がる。


――完。


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