第四十章-名を持たず-
――三年後。
戦は減った。
誇張ではない。
数字に出ている。
国境での小競り合いは激減し、徴兵も縮小された。
俺のような平民上がりの兵でも、それが分かる。
三年前、俺はただの雑兵だった。
名もなき家の三男坊。
今は部隊長補佐だ。
家柄ではなく。
血筋でもなく。
戦果だけでもない。
記録と評価で階級が決まる。
あの日、第一王子が討たれた。
新王は兄を斬った。
それから帝国は変わった。
力だけが全てではないと、王が示した。
黒い剣の噂は、今も語られる。
炎でもない。
鋼でもない。
染まらない色の剣。
俺は見ていない。
だが、あれ以降、昇進基準は改められた。
戦は減り、街は息を吹き返しつつある。
少なくとも、俺のような人間には。
だから思う。
あの選択は、間違いではなかったのだろうと。
少なくとも、俺たちにとっては。
だが。
帝国が穏やかになったわけではない。
◇
「……侵攻の兆候は明確です」
ロウドは報告書を閉じる。
玉座ではない。軍議室。
西方の小国。
かつて帝国に削られ、踏みにじられた国。
恨みは、記録よりも長く残る。
玉座の王は言う。
「穏便に」
短い指示。
ロウドは一礼する。
だが現地では、言葉だけでは済ませなかった。
軍を展開する。
補給線を断つ。
威圧。
「反旗を翻すなら、容赦はしない」
声に熱はない。
「帝国は変わった。だが、弱くはなっていない」
相手国は退いた。
剣は抜かれなかった。
だが、屈したわけでもない。
帰還の折。
焼け残った村の影から、ひとりの子供がロウドを睨んでいた。
小さな拳。
噛み締めた歯。
火は消えている。
だが灰は温い。
踏み消したはずの火種は、
土の奥で、息をしている。
◇
黒薔薇と呼ばれた少女がいた。
血の中で咲いた花。
ツムギという名の、儚い光があった。
黒百合と囁かれた影がいた。
今、玉座にいるのは王だ。
臣下は「陛下」と呼び、
兵は「王」と呼び、
民は「新王」と囁く。
その名を、誰も呼ばない。
センカとも。
黒薔薇とも。
ツムギとも。
呼ばれなくなった名は、
やがて歴史の中に沈む。
守るために振るった刃は消えない。
終わらせるために斬った命も消えない。
棘は、胸の奥に残ったまま。
使うことはない力。
玉座に座る王は、窓の外を見る。
曇天。
遠雷が、低く転がる。
誰かが呟く。
「次の戦火は、いつだ」
その響きは、
かつての名に、どこか似ていた。
帝国は進む。
名を持たぬ王のもとで。
棘を抱えたまま。
やがてまた、
火は上がる。
――完。




