第三十九章-曇天の王-
ノアは逆賊として討たれた。
その報は帝都を駆け巡った。
第一王子を、自らの手で斬った王。
動揺はあった。
だが、混乱は起きなかった。
恐れか。
敬意か。
あるいは、覚悟を見せられたからか。
センカ・ヴェントールは、朝の決闘によって帝国に示した。
王は、逃げない。
力の象徴を討った。
それだけで十分だった。
軍は従い、貴族は沈黙し、反乱の火は弱まっていく。
帝国は、静かに新たな均衡へと傾き始めていた。
夜。
玉座の間。
高い天井の下、王は一人座っている。
黒衣を纏い、背筋を伸ばす。
その瞳は、赤。
炎の名残のような、深い赤。
昼の戦いの傷は包帯の下に隠れている。
だが玉座に座る姿は揺らがない。
扉が開く。
ロウドが入る。
「本日の報告を申し上げます」
落ち着いた声。
ノアの部隊は正式に新王へ忠誠を誓ったこと。
国境の動きは沈静化していること。
反乱軍の残党も、次第に吸収されつつあること。
朝に血が流れたとは思えぬほど、帝国は整然としている。
報告は滞りなく終わる。
「以上です」
静寂。
ロウドは玉座を見上げる。
赤い瞳は、どこか遠くを見ている。
勝者の光ではない。
誇りでもない。
ただ、静かな重さがある。
ロウドは言う。
「あなたは正しい」
はっきりと。
「今朝の決断は、帝国のために必要なものでした」
「時代は、確かに動きました」
センカはわずかに視線を上げる。
赤い瞳が、揺れる。
「……分からない」
小さな声。
「正しかったのかなんて」
「私には分からない」
ロウドは否定しない。
説得もしない。
ただ一礼する。
「お休みください、陛下」
それ以上は言わない。
扉が閉まる。
玉座の間に、再び静寂が落ちる。
しばらくして、センカは立ち上がる。
寝室へ向かう。
窓辺に立つ。
夜空を見上げる。
曇り空。
朝、兄を斬ったあの空とは違う。
あの時は、澄み切った光が差していた。
今は、星も見えない。
赤い瞳に映るのは、灰色の雲。
冷たい空気。
ぽつりと呟く。
「……間違ったのかな」
返事はない。
風が雲を流すだけ。
それでも。
朝に斬り落とした首。
地に落ちた血。
膝をついた兵たち。
全ては現実。
帝国は進む。
棘を抱えたまま。
曇天の下。
新しい時代が、静かに始まっている。




