第三十六章-夜明けの刃-
夜明け前。
帝都はまだ眠りの底にある。
薄青の空の下、王宮の回廊を進む足音がひとつ。
センカだ。
外套を羽織り、腰に剣を差している。
玉座の王ではなく、戦場へ向かう者の背。
「……お待ちください、センカ様」
静かな声。
柱の影からロウドが現れる。
すでに察していた目だ。
センカは足を止めない。
「止めに来たのか」
「はい」
迷いなく答える。
「ノア殿下のもとへ向かわれるのでしょう」
「分かってるなら話は早い」
ロウドは数歩並ぶ。
「行かずとも、解決は可能です」
冷静な声音。
「兵を集めれば、ノア殿下は討てます」
合理的な策。
「包囲し、遠距離から削り、確実に仕留める」
王が危険を冒す必要はない。
センカは立ち止まる。
振り返る。
「それじゃ意味がない」
はっきりと言う。
ロウドは目を細める。
「意味、ですか」
「これは数で潰す話じゃない」
一歩、ロウドに近づく。
「今は王として」
短く息を吸う。
「妹として」
そして。
「センカとして、向き合う」
力の時代を終わらせると言った。
ならば、その象徴から逃げない。
ロウドは沈黙する。
内心では計算している。
勝率。
損失。
王を失う危険。
合理性に欠ける判断。
だが――
口には出さない。
センカは、王になったばかりだ。
棘を抱え、血の上に立った王。
今はまだ、合理だけで縛るべきではない。
「……承知しました」
一礼する。
「では、私も同行いたします」
「万が一に備えて」
センカは小さく頷く。
「頼む」
二人は帝都を出る。
空が白み始める。
たどり着いたのは、朽ちた小さな訓練所。
帝国がまだ小国だった頃、王族の子供たちが剣を振った場所。
草は伸び、柵は折れ、土は乾いている。
そこで。
ノアは待っていた。
仁王立ち。
朝日を背に、微動だにしない。
その後方には武装した部隊。
整然と並び、沈黙している。
ロウドの視線が鋭くなる。
自然と剣に手が触れる。
「ご安心を」
ノアが口を開く。
「これは俺とセンカの一騎打ちだ」
部隊に顎をしゃくる。
「俺が負ければ、こいつらは新王に仕える」
ざわめきはない。
当然のように立つ兵たち。
「強い者に仕える連中だ」
それだけの理屈。
ロウドは低く問う。
「保証はございますか」
ノアは笑う。
「嘘をつく必要がない」
センカが口を開く。
「それでいい」
ロウドが視線を向ける。
だがセンカは迷わない。
「兄上は、つまらない嘘はつかない」
情ではない。
理解だ。
ノアは満足げに頷く。
「いい目だ」
剣を抜く。
重い金属音が朝の空気を震わせる。
センカも剣を抜く。
炎はまだ使わない。
まずは剣。
純粋な刃。
距離が詰まる。
草を踏む音。
次の瞬間。
ノアが踏み込む。
速い。
振り下ろし。
センカが受ける。
衝撃。
骨が軋む。
押し込まれる。
だが、退かない。
斬り返す。
火花が散る。
刃と刃が、正面から噛み合う。
至近距離。
視線が交差する。
ノアが笑う。
「――懐かしいな」
低く、愉しげに。
「ここで何度も泣いた」
刃がさらに押し込まれる。
「だが今は、泣いてない」
センカは歯を食いしばる。
「王は涙を流さない」
力を込め、押し返す。
地面が抉れ、衝撃が広がる。
ロウドは息を詰める。
部隊は静観する。
思想と思想。
力と力。
そして。
二つの剣が、全力でぶつかる。
轟音。
朝日が刃を照らす。
火花が空へ舞う。
退路はない。
ここからが本当の戦いだ。




