第三十四章-棘を戴く王-
数週間後。
帝都は、静かだった。
黒炎が消え、王を失い、反乱が燃え上がったあの混乱が嘘のように、空は澄んでいる。
玉座の間。
玉座に座るのは、新たな王。
かつて“黒百合”と呼ばれ、そして“黒薔薇”とも恐れられた第二王女。
センカ・ヴェントール。
その名が、帝国全土に布告された。
王が死に。
第一王女が死に。
その両者を討ったのが、彼女であることも隠されなかった。
むしろ、隠さなかった。
それが事実だからだ。
帝国の民は――受け入れた。
恐怖ゆえか。
安堵ゆえか。
あるいは、流れに身を委ねただけか。
侵略に駆り出され、疲弊していた兵。
搾取に不満を抱いていた民。
王族の横暴だったのだと、今さら声高に叫ぶ者も現れた。
それが本音かどうかは分からない。
だが、人は流れを読む。
新しい力が現れれば、そこへ傾く。
なにより。
王も王女も、センカが討った。
血で断ち切られた王統。
それこそが、リュナの言っていた“帝国の崩壊”なのだろう。
王という絶対が死に、王族という神話が崩れた。
その瓦礫の上に、センカは立っている。
反乱軍の動きも、次第に収まりつつあった。
理由は単純だ。
センカが、かつての黒百合だからだ。
最初は疑いもあった。
王家の内紛ではないか。
別の暴君が座るだけではないのか。
だが。
彼女の剣を見た者は黙った。
彼女の命令を聞いた者は知った。
その判断は冷静で、無駄がなく、そして――確かにかつての黒百合を思わせた。
処刑者の精度。
戦場での的確さ。
甘さを捨てきれないが、それでも揺るがない意思。
力がある。
それは、帝国が最も信じるものだった。
玉座の脇に立つ男がいる。
ロウド。
筆頭参謀として、王に仕えている。
彼は自然と敬語を使い、臣下の礼を崩さない。
「センカ様、本日の議題ですが」
その呼び名に、もう違和感はない。
センカは頷く。
胸の奥に、棘はまだある。
セイン。
ツムギ。
リュナ。
血だらけの心は、治っていない。
だが、それでいい。
彼女は侵略行為を停止させた。
遠征軍を帰還させ、周辺国との戦線を整理する。
力を誇示するのではなく、力を抑える決断。
帝国にとっては、異例だった。
反発もある。
だが、誰も正面から逆らわない。
王を討った王なのだから。
しかし第一王子ノアは、依然として行方不明。
王位継承権を持つ最後の存在。
彼が戻れば、再び帝国は揺れるだろう。
だが、戻らない。
静かな日々が続く。
ある日の夕刻。
帝都の門が騒がしくなる。
伝令が玉座の間へ駆け込む。
「報告いたします!」
膝をつき、声を張る。
「第一王子ノア殿下が……!」
空気が張り詰める。
センカの指が、わずかに動く。
棘が、胸で疼く。
「自部隊を率い、帝都へ帰還されました!」
沈黙。
ロウドがゆっくりと顔を上げる。
玉座の上で、センカは静かに目を閉じる。
「……通しなさい」
王の声。
揺れない。
帝都の門が開く。
夕陽を背に、一団の騎兵が進む。
先頭に立つのは、長身の男。
第一王子ノア。
兄が、帰ってきた。




