第三十二章-迷いを断つ剣-
刃は向けられている。
だが、センカの足は動かない。
森の音が遠い。
リュナの最後の言葉が、胸の奥で反芻される。
――あなたがここで、わたしを殺せれば。
意味が分からない。
分からないことが、怖い。
「……どういうことなの」
問いは弱い。
王の声ではない。
リュナは、その揺らぎを見逃さない。
「まだ迷っているの?」
静かな声。
その静けさが、冷たい。
「あなたは、何も決めていない」
その言葉が落ちた瞬間。
胸の奥に、細い棘が刺さる。
小さな痛み。
だが確かに、深く。
「あなたはセインを殺した」
棘が、もう一段深く入る。
呼吸が止まる。
セイン。
笑っていた顔。
最後に見た、あの眼差し。
「あなたの剣で、第三王女は死んだ」
痛みが広がる。
内側から、血が滲むように。
「……わたしは」
声が震える。
「あなたが妹を殺した」
今度は強く、抉る。
棘が、肉を裂く。
崖の夜。
波音。
海に落ちた影。
ツムギ。
利用された少女。
「あなたが生き延びる為に、あの子は身代わりになった」
棘が、さらに深く。
もう抜けない。
「それでも、あなたは迷うの?」
リュナの声は鋭い。
だが、目は揺れている。
本心では責めたくない。
けれど。
責めなければ、この子は立てない。
「奪ってきた命の上に立ちながら」
棘が、心臓に触れる。
「まだ、自分を選ばないの?」
痛い。
苦しい。
逃げたい。
だが。
逃げた先に、何がある。
黒百合として生きるのか。
王女として立つのか。
分からない。
分からないまま。
リュナが踏み込む。
細身の剣が閃く。
反射だった。
センカの手が、剣を抜く。
鋼がぶつかる。
火花が散る。
衝撃が腕を震わせる。
「選びなさい、センカ!」
連撃。
軽い。
速い。
迷えば貫かれる。
棘が、動く。
責めの言葉と共に、内側で疼く。
「あなたが背負うのは罪か、未来か!」
受けるたびに。
棘がさらに深く刺さる。
セイン。
第三王女。
妹。
名前を呼ぶたびに、刃が入る。
センカの呼吸が荒くなる。
「わたしは……」
棘が、限界まで押し込まれる。
胸の奥で、何かが弾ける。
炎が揺らぐ。
一方で、空気が凍り始める。
リュナの足元に霜が広がる。
白い息。
血を吐きながらも、魔力は高まる。
「迷う王など、いらない」
氷の紋様が展開する。
風が唸る。
「《ボレアス》!」
吹き荒れる氷嵐。
森が凍る。
地面が白く染まる。
センカの胸の棘が、焼ける。
痛みと共に、炎が膨れ上がる。
逃げない。
逃げたくない。
「……《アグニ》!」
炎が爆ぜる。
赤熱が氷を迎え撃つ。
氷と炎。
真正面から衝突。
轟音。
蒸気が爆発する。
視界が白に包まれる。
棘は、まだ胸にある。
だが。
今は、折れない。
炎と氷がぶつかり合う中で。
姉と妹、白と赤の衝突は、森を揺らす。




