第三十一章-姉妹-
森は、まだ崩壊の余震を抱いていた。
沈みゆく遺跡の土煙の中、三人は立ち尽くしている。
最初に口を開いたのはセンカだった。
「……あなたこそ、これからどうするの?」
視線はロウドへ。
それは問いであり、線引きでもあった。
――私はもう、あなたの望む黒百合ではいられない。
ロウドはわずかに目を伏せる。
そして、静かに膝を折った。
「私は、正しき王に仕えたいのです」
顔を上げる。
迷いはない。
「それが、センカ様であるのなら」
自然と敬語になる。
呼び名が変わる。
距離が生まれる。
センカの指先がわずかに震えた。
「正しい王……」
その言葉を咀嚼しかけた、その時。
「……っ、」
激しい咳。
リュナが身体を折る。
赤が、掌に落ちる。
「姉様!」
センカが抱き留める。
「大丈夫よ……少し、頑張り過ぎただけ」
《ボレアス》の反動。
病弱な姉にとっては命を削る魔法だった。
ロウドは空気を読む。
「周囲を確認して参ります。軍の動きもあるでしょう」
センカは頷く。
ロウドが森へ消える。
二人きりになる。
風が、静かに鳴る。
リュナはセンカの肩に寄りかかったまま、口を開いた。
「……あなたの夜襲」
センカの目が揺れる。
崖。
炎。
崩落。
「覚えているでしょう」
「……ええ」
「企てたのは、わたしなの」
静かな告白。
「あなたが、あのまま帝国にいれば……いずれ本当に殺される」
間を置く。
「……あるいは、あの夜で死んでいてもよかった」
センカの息が止まる。
「今という“力の世”では、あなたは生きづらい」
「帝国思想に染まらないあなたは、いずれ潰される」
それは残酷な言葉だった。
だが、声は震えている。
「だから、わたしは兵を動かした」
王直属の兵。
追手。
崖へと追い込む包囲。
「あなたが生き延びると、信じて」
狂気に近い信頼。
「そして……身代わりが必要だった」
ツムギ。
海辺の少女。
反逆を企てた家の娘。
「わたしは、彼女を利用した」
森が冷える。
「あなたを“処刑”しなければ、帝国はあなたを探す」
「偽りの黒薔薇を殺すことで、黒薔薇の反逆は終わらせた」
リュナは、ゆっくりと身体を離す。
そして懐から剣を抜く。
騎士剣ではない。
細身の、軽い剣。
貴族が帯びる装飾のある細剣。
だがその切っ先は、迷いなくセンカを捉える。
「あなたを使ったの」
「帝国を崩壊させるために」
血が、唇から伝う。
それでも立つ。
「最後の確認よ、センカ」
刃先が揺れる。
「あなたは、王になるの?」
センカは答えられない。
王。
正しさ。
帝国。
何を継ぐのか。
何を壊すのか。
分からない。
リュナは静かに続ける。
「...帝国の崩壊は進む、あなたの王への道は」
目が、真っ直ぐにセンカを射抜く。
「あなたがここで、わたしを殺せれば」
意味が、分からない。
なぜ、自分が姉を殺すことが崩壊に繋がるのか。
センカの瞳に、純粋な困惑が浮かぶ。
刃は向けられたまま。
森は沈黙する。
姉の覚悟と。
妹の迷い。
その間で、風だけが揺れていた。




