第二十九章-核の王-
三本の刃が向けられた先で、王は笑わない。
怒りもしない。
ゆっくりと、黒炎へ歩み寄る。
「私は戦闘能力は持たない」
静かな告白。
「だが、力は持てる」
王の手が結界に触れる。
魔法陣が反転する。
鎖がほどける。
封印が、解ける。
黒い炎が溢れ出す。
熱が石室を満たす。
ロウドが叫ぶ。
「止めろ!」
遅い。
炎は王を包む。
飲み込む。
悲鳴はない。
拒絶もない。
ただ、受け入れる。
炎が肉を焼くはずなのに、王は微動だにしない。
溶けるように、混ざる。
黒炎が収束する。
圧縮される。
そして。
現れたのは――
人の輪郭を保ったまま、全身を黒炎に覆う異形。
顔は王。
だが境界は揺らぎ、背から噴き上がる炎が石壁を焦がす。
「進化は正義だ」
声は変わらない。
理性も、思想も、そのまま。
「力を持つ者が支配する」
黒炎が爆ぜる。
ロウドが斬り込む。
刃が炎を裂く。
だが裂け目は即座に塞がる。
「効かない……!」
センカが踏み出す。
「アグニ!」
紅蓮の炎が黒炎へ叩き込まれる。
激突。
轟音。
だが黒炎は揺らぐだけ。
吸収する。
溶け合う。
「同質だ」
王の声。
「炎は、我が内に還る」
黒炎の腕が振るわれる。
衝撃。
ロウドが壁へ叩きつけられる。
石が砕ける。
熱が肺を焼く。
そのとき。
一歩、前へ。
リューネ――いや、リュナ。
「第一。失敗作」
王の視線が向く。
「ええ」
否定しない。
「炎が使えないことが、恥でした」
王族でありながら炎を持たない。
短命。
不完全。
だから剣を磨いた。
炎を持たぬ己を、削り続けた。
だが。
「私は、炎ではない」
冷気が満ちる。
温度が落ちる。
床に霜が走る。
リュナが静かに告げる。
「――ボレアス」
瞬間。
吹き荒れる極寒。
石室全体が白に染まる。
黒炎が軋む。
凍結が炎を包み込む。
燃え続けるはずの黒が、凍りつく。
「氷……?」
初めて、王の声が揺れる。
リュナはまっすぐ見据える。
「今のわたしは、帝国ではない」
その言葉は父への反逆ではない。
自分への宣言。
凍結が深まる。
再生が止まる。
「センカ!」
リュナの声。
センカが走る。
リュナも同時に踏み込む。
二人の刃が交差する。
凍りついた核を、断つ。
砕ける。
黒炎が散る。
氷が砕ける。
異形が崩れる。
膝をつく王。
炎が消えていく。
それでも瞳は揺らがない。
「力あるお前たちが……」
掠れた声。
「なぜわからない……」
進化。
選別。
支配。
沈黙。
センカは何も言わない。
リュナも答えない。
理解しないのではない。
選ばないだけ。
王の体が崩れる。
黒炎が完全に消える。
石室に静寂が落ちる。
帝国の核は、消えた。
三人の呼吸だけが響く。
終わった。
だが、その余熱だけが、まだ残っている。




