第二十八章-名を持つ花-
黒い炎が揺れている。
ゆらり。
ゆらり。
石室の魔法陣が低く唸る。
三本の刃は王へ向けられたまま。
その中心で、
センカは炎を見つめていた。
胸の奥の火種が、脈打つ。
ひときわ強く。
――ぱちり。
何かが割れる。
⸻
処刑場。
石畳。
跪く男。
「咲け」
体内から茨が突き破る。
喉を裂き、胸を割り、
黒い棘が花のように広がる。
黒薔薇。
帝国の棘。
その名を、誇りに思っていた。
⸻
訓練場。
ノアの剣が火花を散らす。
「迷うな、センカ」
強さが義務だった。
疑う理由はなかった。
⸻
庭園。
姉の穏やかな声。
妹の笑い。
あれは、確かに幸福だった。
⸻
夜。
崖。
「第二王女センカ・ヴェントール、反逆思想により粛清する」
禁術は発動しない。
相手は思想適合者。
条件を満たさない。
理解する。
帝国は自分を切り捨てた。
爆炎。
崩落。
落下。
海。
冷たい水。
暗闇。
――潮の匂い。
⸻
視界が戻る。
石室。
呼吸は静かだ。
王が告げる。
「記憶が戻ったか、第二」
センカは答えない。
仮面に触れる。
黒百合。
借り物の顔。
生き延びるための名。
ツムギ。
軋む扉。
低い天井。
皺だらけの手。
「戻ってきたんだね」
潮の匂いが、胸の奥で揺れる。
指先に、わずかな震え。
仮面を外す。
石床に落ちる。
乾いた音。
冷たい空気が頬に触れる。
視界が開く。
王の瞳が細まる。
「第二ではない」
声は大きくない。
だが、揺らがない。
「私は――」
息を吸う。
胸の奥に棘がある。
消えていない。
帝国の歪み。
父の遺したもの。
自分の罪。
それでも。
「黒薔薇のセンカ」
黒炎が大きく揺れる。
だが、棘は咲かない。
王は揺らがない。
届かないと、理解している。
禁術は武器ではない。
歪みだ。
抱えたまま、生きるもの。
センカは一歩踏み出す。
「ここで終わらせる」
ロウドが剣を抜く。
リューネも静かに刃を向ける。
「……父上」
決別の声。
王がゆっくりと顔を上げる。
研究者ではない。
支配者の目。
魔法陣が強く光る。
黒炎が揺れる。
石室が唸る。
そこに立つのは、
黒薔薇のセンカ。
名を選んだ花。
戦いが、始まる。




