第二十三章-燃え残る王火-
第三王女セイン、戦死。
その報が帝都に届いてから間もなく、帝国は動いた。
黒百合討伐。
王族殺しの処断。
帝国威信の回復。
最初の討伐隊は精鋭二十名。
帰還は、十二。
「……退けられました」
報告は簡潔だった。
二度目。
三度目。
騎士団規模へ拡大。
魔導兵を投入。
拘束結界を展開。
逃走経路を封鎖。
包囲は完璧だったはずだ。
だが。
「黒百合は単独で中央を突破」
「指揮官を斬り、隊列を崩壊させました」
「撤退時、炎による牽制を確認」
現れる。
斬る。
焼く。
消える。
討伐のたびに、動きは洗練されていた。
ただの暗殺者ではない。
戦場を読む。
隊を崩す。
炎で視界と連携を断ち切る。
そして――
「炎を確認」
重臣たちの顔色が変わる。
「広域焼却魔法。加えて、収束型炎熱魔法」
報告官の声がわずかに揺れる。
「詠唱を確認。“アグニ”と」
沈黙。
それは王火。
帝国王族にのみ継承される炎。
血と契約によってのみ扱える魔法。
そして、現存していた使い手は――
第三王女セインのみ。
そして。
既に死亡と公表された第二王女センカ。
「……あり得ぬ」
「王家の血なくしてアグニは発動せぬ」
ざわめきが広がる。
「だが、複数の証言が一致しております」
討伐隊は皆、同じことを言う。
黒百合の炎は、
ただの模倣ではない。
王火そのものだ、と。
誰かが低く呟いた。
「……黒薔薇の亡霊か」
空気が凍る。
黒薔薇。
かつて第二王女センカが戦場で呼ばれた名。
黒き炎で敵陣を焼き払う王女。
だが彼女は死んだ。
そう発表された。
そう処理された。
そう、片付けたはずだった。
「愚かな」
「だが、アグニは王族しか――」
否定と恐怖がせめぎ合う。
討伐隊は繰り返し編成された。
だが黒百合は退け続ける。
炎の扱いは、回を追うごとに精密になっていった。
広く焼くのではない。
必要な箇所だけを焼き切る。
味方に被害を出さぬための炎。
戦術として完成し始めた王火。
帝国は気づく。
黒百合は強くなっている。
ただの反逆者ではない。
王家の炎を持つ存在。
その意味を、誰も口にできない。
王火は、まだ消えていない。
燃え残っている。
帝国の外で。
⸻
王宮・病室。
白い静寂。
第一王女リュナは報告を聞き終える。
小さく咳き込む。
侍女が慌てて支える。
「また……アグニを?」
「はい。複数の部隊が確認しております」
リュナは目を伏せる。
アグニ。
王家に生まれながら、
自分には継承されなかった炎。
扱えたのはセイン。
そして、センカ。
側近が恐る恐る口にする。
「黒薔薇の亡霊では……」
リュナは静かに首を振る。
「亡霊が、成長するものですか」
炎は進化している。
粗い激情ではない。
研ぎ澄まされた意思の炎。
咳。
白布に赤が滲む。
「殿下、どうかご自重を――」
「確かめるわ」
立ち上がる。
足元が揺れる。
それでも。
「黒百合が何者なのか」
王族の炎を使う存在。
それが意味するもの。
国家への脅威か。
それとも――
姉としての確信か。
「この目で見る」
制止の声を振り切り、
第一王女リュナは病室を出る。
帝国が恐れる黒き炎。
その正体を。
そして、
燃え残る王火の行方を確かめるために。




