第二十二章-一輪にして在る-
砦崩壊から数日。
反乱軍の臨時拠点は、熱に包まれていた。
「第三王女を討ったのは本当か!」
「王家魔法を破ったって……!」
興奮と畏怖が入り混じる声。
その中心に立つ黒百合は、
深くフードを被っていた。
割れた仮面は、もうない。
布の影が、表情を隠す。
若い兵が膝をつく。
「俺たちと共に戦ってくれ!」
「あなたが旗になれば、民は立ち上がる!」
「反乱軍の象徴になってほしい!」
歓声。
崇敬。
期待。
重い。
その重さを、知っている。
かつて“団”があった。
志はあった。
帝国に抗う意思もあった。
だが守れなかった。
巻き込み、
背負い、
そして失った。
仲間を持つということは、
その死に責任を持つということ。
象徴になるということは、
他人の未来を背負うということ。
あの時、負いきれなかった。
今も、きっと無理だ。
まだ、背負えない。
黒百合は静かに告げる。
「断る」
空気が止まる。
「なぜだ!」
問いが重なる。
フードの奥で、瞳が揺れる。
だが声は揺れない。
「私は旗にならない」
ざわめき。
「今は、誰かの責任を負えない」
それは拒絶ではない。
未熟さの告白。
「私は私の戦いをする」
それだけを残し、背を向ける。
群れないのではない。
まだ、群れられない。
一輪にして在る。
それが、今の黒百合。
⸻
拠点の外。
夕暮れ。
ロウドが待っている。
「英雄様は忙しそうだったな」
「やめてよ」
フードを深く被り直す。
顔を見せる気にはなれない。
黒百合は腰に触れる。
空。
剣は砕けた。
王家魔法とぶつかり、限界を迎えた刃。
「……足りないものが多い」
「剣か?」
「それも」
一拍。
「……仮面も」
ロウドは少しだけ目を細める。
「スペアならある」
黒百合が顔を上げる。
「……え?」
思わず目を丸くする。
「予備を持ってる。ああいうのは割れるもんだろ」
あまりにも自然な口調。
当然のように。
沈黙。
風が吹く。
フードの端が揺れる。
黒百合はしばらく何も言えなかった。
やがて、ゆっくりと視線を落とす。
「……ありがとう」
小さな声。
けれど、確かに届く声。
ロウドは肩をすくめる。
「どういたしまして、黒百合」
それ以上は何も言わない。
代わりに、もう一振りの剣を差し出す。
帝国騎士の剣。
傷だらけだが、刃は生きている。
「砦で拾った」
黒百合は受け取る。
重みを確かめる。
前より、少しだけ重い。
だが悪くない。
剣。
仮面。
まだ足りないものはある。
強さも、
覚悟も。
それでも。
夕陽の中、黒百合は歩き出す。
ロウドが半歩遅れて続く。
並びはしない。
だが離れない。
黒い華は群れない。
それでも今は、
一本の剣と、
ひとつの仮面を手に、
一輪にして在る。




