第二十一章-崩れた一柱-
帝都・王宮。
第三王女セイン、戦死。
報は即時、帝都へ届いた。
遺体確認済み。
事実は覆らない。
王宮の空気が沈む。
セインはただの王族ではない。
王家魔法の正統継承者。
帝国軍の象徴。
戦場において“魔法そのもの”と呼ばれた存在。
その一柱が、折れた。
ざわめきが広がる。
「討ったのは……黒百合」
低く囁かれる名。
――戦場に咲く黒い華。
鮮烈に現れ、敵を裂き、消える。
だが今は違う。
第三王女を討った者。
王家魔法を打ち破った者。
国家の象徴を崩した者。
認識が変わる。
沈黙ののち、重臣の一人が告げる。
「討伐隊の編成を」
異論は出ない。
黒百合はもはや一兵ではない。
帝国の秩序を揺るがす異物。
帝国は、静かに牙を研ぎ始める。
⸻
同刻。
城下町。
市場はいつも通り開かれている。
だが声が低い。
「本当か?」
「第三王女が?」
「ありえないだろ」
「でも遺体が戻ったって……」
商人は手を止める。
兵は視線を逸らす。
「討ったのは黒百合らしい」
その名が落ちる。
沈黙。
「……英雄なんじゃないのか?」
誰かが小さく言う。
すぐに別の声がかぶさる。
「王家を殺して、英雄か?」
「だが、あの王女は戦を長引かせたって話も……」
断言する者はいない。
怒る者もいれば、
安堵する者もいる。
だが誰も、大声では語らない。
空気が重い。
帝国の柱が折れた。
それが意味するものを、
まだ誰も言葉にできない。
⸻
王宮・静養室。
白布に包まれたセイン。
傍らに立つ第一王女――リュナ。
伝令兵が退出する。
扉が閉まる。
静寂。
リュナは妹の頬に触れる。
冷たい。
「……無茶をするから」
責める響きではない。
諦めにも似た声音。
涙は静かに落ちる。
王女ではない。
ただの姉として。
「あなたを討ったのは、黒百合……」
その名を口にする。
わずかに、視線が揺れる。
報告書の一文。
――仮面は破損、素顔は確認できず。
沈黙。
「……まさか」
それ以上は言わない。
言葉にしない。
してしまえば、戻れない。
今はただ、妹を悼む。
帝国の柱が折れた日。
この部屋では、家族が一人失われただけだった。
⸻
北方侵攻拠点。
氷風が天幕を揺らす。
第一王子――ノアは報告書を受け取る。
「第三王女殿下、戦死」
「……ほかは」
副官が続ける。
「補佐として派遣されていたアルベイルも戦死」
一瞬の沈黙。
ノアは紙面を流し見る。
「そうか」
それだけ。
副官が息を呑む。
ノアの視線は別の行へ。
「討伐対象――黒百合」
指でその名をなぞる。
口元がわずかに歪む。
「セインを殺したのは、こいつか」
興味が灯る。
妹の死ではない。
部下の死でもない。
「王家魔法を破った?」
目が細まる。
獣のように。
「面白い」
紙を畳む。
「討伐? 好きにやれ」
立ち上がる。
「……枯れてくれるなよ?黒百合」
天幕の空気が凍る。
妹の死も、
部下の死も、
彼の中心には届かない。
だが。
黒百合という存在だけが、
確かに彼の血を熱くしていた。
⸻
帝国は揺れる。
王家魔法の継承者が倒れた。
象徴が崩れた。
だが民の間では、
怒りと、恐れと、
言葉にできない期待が、静かに混ざり合っている。
そしてその影で。
死を運ぶ黒い華は、
正式に“帝国の敵”として刻まれた。
討伐の刃は、やがて向けられる。
静かに。
確実に。




