第十八章-理想を切る-
石廊下に刃が鳴る。
火花が散り、金属音が重く反響する。
ロウドは低く踏み込む。
荒い横薙ぎ。
速いが、削るような剣。
アルベイルは受ける。
正確な角度。
最小動作。
教本のように完成された型。
「削れたな、ロウド」
静かな声。
嘲りではない。
事実の確認。
ロウドは答えない。
型は崩れている。
だが止まらない。
それが今の戦い方。
⸻
二人はかつて同じ部隊にいた。
直属の主は――
ノア。
帝国第一王子。
皇位継承の最有力。
帝国の象徴であるはずの男。
だが彼は、
帝国の理想など語らなかった。
正義にも興味はない。
民にも関心はない。
ただ戦いたかった。
強者と斬り合い、
命のやり取りに酔う。
侵略も遠征も、
彼にとっては戦場を得るための口実に過ぎなかった。
その下で剣を振るったのが、
ロウドとアルベイル。
焼ける村を見た。
命令に従いながら、歯を食いしばった。
この国はどこへ向かうのか。
第一王子があれでいいのか。
だから二人は考えた。
中から変える。
時間をかけてでも。
暴走を抑え、
歪みを削り、
少しずつ。
それが理想だった。
⸻
「何も変わらなかった」
ロウドの刃が肩を掠める。
血が滲む。
「村は焼かれ続けた」
「急ぎすぎた」
アルベイルの反撃。
鋭い突き。
ロウドは受け切れず、壁へ叩きつけられる。
息が詰まる。
「ノア殿下が戦いを望むなら、周囲が舵を取ればいい」
連撃。
無駄のない連鎖。
「我々が抑えればいい」
ついにロウドの剣が弾かれる。
床に落ちる。
剣先が喉元へ。
あと一寸。
⸻
外で炎が落ちる。
爆音が響く。
砦が震える。
「まだ戻れる」
アルベイルの声は揺れない。
「外から壊せば無秩序になる。中から変えろ」
本気だ。
戦闘狂の第一王子であっても、
支え続ければ、いつか。
「時間はかかる。だが必ず届く」
信じている。
帝国を。
己の剣を。
⸻
ロウドはゆっくり息を吐く。
「あの男は変わらない」
静かな断言。
「戦いたいだけだ」
燃える村。
血に濡れた大地。
笑う第一王子。
「待っている間に、何人死ぬ」
目が鋭くなる。
「俺は、もう見たくない」
⸻
ほんの僅か、
アルベイルの剣が揺らぐ。
救おうとする優しさ。
殺しきれない甘さ。
その一瞬。
ロウドの手が腰へ走る。
短剣。
踏み込み。
刃が脇腹へ深く突き立つ。
⸻
アルベイルの瞳が見開かれる。
血が広がる。
「……ロウド」
責めない。
怒りもない。
ただ、静かな理解。
「信じきれなかったか」
膝が崩れる。
それでも視線は逸らさない。
「私は……信じる」
最後まで。
ロウドは一瞬だけ目を伏せる。
「俺は、待てない」
刃を押し込む。
アルベイルの体が崩れ落ちる。
⸻
廊下に静寂が戻る。
外では炎が降り続けている。
ロウドは剣を拾い、立ち上がる。
理想は同じだった。
帝国を正すこと。
だが方法が違った。
待つ者と、
切る者。
その差が、命を奪った。
⸻
血の跡を残し、
ロウドは歩き出す。
奥へではない。
黒百合が進んだ方向とは別の道へ。
自分の役目は終わった。
あとは――
あの仮面の少女が決めることだ。
炎の先で、
何を選ぶのかを。




