第十六章-流星の魔弾-
仮面を被っている間だけは、
名を名乗れる。
黒百合、と。
それは呪いではなく、鎧だった。
ツムギという未完成を隠し、
迷いも、恐れも、罪悪も、
すべて外に置いていける。
仮面の内側で息を整える。
大丈夫だ。
黒百合なら、立てる。
黒百合なら、斬れる。
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平原の戦いは傾いていた。
黒百合の介入によって、
帝国軍は明らかに押し込まれている。
反乱軍が前線を押し上げる。
陣形が崩れる。
勝ちの匂いが、漂い始める。
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黒百合は最前線を駆ける。
余計な動きはない。
ただ、処理する。
一人。
また一人。
仮面の奥で、感情は薄い。
斬ることに集中する。
そうしていれば、揺れない。
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――その時。
空気が、歪んだ。
黒百合の足が止まる。
風向きが変わる。
熱を孕んだ圧が、上から落ちてくる。
嫌な予感ではない。
“確信”に近い感覚。
視線を上げる。
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火球。
巨大な炎の塊が、空から落ちてくる。
轟音。
爆発。
地面が抉れる。
兵士が宙を舞う。
一撃で、戦列が消える。
次弾。
また一つ。
また一つ。
流星のように、炎が降る。
⸻
反乱軍の隊列は崩壊する。
焼かれ、吹き飛ばされ、踏み潰される。
だが――
帝国兵も巻き込まれている。
「味方ごと……!?」
混乱。
悲鳴。
焦げた匂い。
戦場が一瞬で地獄に変わる。
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黒百合は爆炎の合間を走る。
落下地点を読む。
魔力の流れを追う。
無差別ではない。
前線中央を狙っている。
優勢になった瞬間を叩く。
冷静だ。
残酷なまでに。
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……強い。
桁が違う。
魔力の密度が、圧倒的。
胸の奥がざわめく。
知っている。
この熱。
この揺らぎ。
あり得ない。
だが、身体が覚えている。
仮面の内側で、呼吸が乱れる。
⸻
「砦だ」
ロウドの声。
黒百合はすでに見ている。
砦の高み。
揺らめく炎。
生成される、次の火球。
あそこだ。
⸻
爆炎が再び地を裂く。
地面が震える。
「行くぞ」
ロウドが駆ける。
黒百合も同時に踏み出す。
爆発の間隙を縫う。
次弾の落下位置を読む。
死地を計算で抜ける。
仮面がある。
だから迷わない。
今は黒百合だから。
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背後で、戦線が崩れる。
反乱軍は半壊。
帝国軍も動揺している。
この戦場を止められるのは、
砦の術者だけ。
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黒百合は一度だけ、砦を見上げる。
炎の中心。
あの魔法。
やはり、覚えがある。
否。
身体が反応している。
熱に対してではない。
――懐かしさに。
それが何を意味するのか。
確かめなければならない。
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二人は砦の外壁へ取り付く。
影のように。
音もなく。
炎が空を裂く中、
黒百合は登る。
仮面の内側で、ひびが広がる。
それでも。
まだ、名は保たれている。
次の戦いは、砦の中。
炎の主と、
真正面から向き合うために。




