第十五章-紅蓮の視線-
黒百合は、一人で来た。
反乱軍の伝令を受けても、
団員は誰も名乗り出なかった。
引き止めもしない。
責めもしない。
ただ――沈黙。
それが答えだった。
ロウドだけが、無言で隣に立った。
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南方平原。
隠れる場所のない、開けた戦場。
反乱軍と帝国兵が激突している。
砂煙。
血。
怒号。
そこへ黒い影が踏み込む。
「……黒百合だ!」
声が上がる。
希望と動揺が混ざる。
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黒百合は直線的に駆ける。
市街のような戦術は使えない。
ならば、斬るだけ。
槍を弾く。
踏み込む。
喉を裂く。
盾ごと叩き切る。
速い。
だが余裕はない。
一人分の動き。
かつての“団の刃”ではない。
孤独な剣。
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囲まれる。
退路は広い。
だが退かない。
前へ。
前へ。
ロウドが後方を処理する。
「出過ぎだ」
低く言う。
黒百合は答えない。
ただ斬る。
止まれば揺らぐから。
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戦況は徐々に傾く。
反乱軍が押し返す。
帝国兵が距離を取る。
黒百合は息を吐く。
肩の古傷が軋む。
無理をしている。
だが、それでいい。
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その時――
空気が、変わる。
遠くの砦。
高所に立つ、一人の少女。
鮮やかな外套。
長い髪。
揺らめくような魔力。
「へぇ……あれが黒百合かぁ」
軽い声。
だが周囲の空気が震える。
彼女の名はセイン。
セイン。
帝国第三王女。
そして――
帝国魔法の象徴。
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彼女の背後で、空気が揺らぐ。
熱。
炎の粒子が、無意識に滲む。
強力な炎魔法の使い手。
戦場を焼き払うことすら可能な存在。
だが、まだ撃たない。
「思ったより荒いね」
瞳が細まる。
「強いけど……壊れかけ」
紅い魔力が指先に灯る。
小さな火。
それだけで、砦の石が焦げる。
帝国兵たちが息を呑む。
第三王女が見ている。
それだけで士気が変わる。
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平原の中央。
黒百合は気づかない。
いや――
微かに、熱を感じる。
視線。
焼けつくような、上からの圧。
剣を握る手に、汗が滲む。
空は晴れているのに、
どこか焦げた匂いがする。
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セインは笑う。
「燃やすのは、まだいいや」
楽しげに。
余裕を持って。
「ちゃんと咲いてから、焼いた方が綺麗でしょ?」
炎が消える。
だが気配は消えない。
帝国の象徴が、戦場を観測している。
⸻
黒百合は知らない。
自分が、すでに標的になっていることを。
団は来なかった。
だからこそ、
次に焼かれるのは――
彼女一人。
平原に、目に見えない火種が落ちた。
まだ、燃えていないだけだ。




