第十四章-血を吸う黒き花-
拠点は、静かすぎた。
扉を開けても、返事はない。
灯りは消えている。
床に残るのは、包帯の切れ端と、乾ききらない血。
武器が、壁に立てかけられたまま。
持ち主は、いない。
逃げたのか。
離れたのか。
死んだのか。
わからない。
それがいちばん重い。
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ツムギは部屋の中央に立つ。
剣を抜かない。
ただ握る。
胸の奥の痛みは消えない。
だが涙も出ない。
「……これ以上」
誰に言うでもなく、呟く。
巻き込みたくない。
守れないなら、背負えばいい。
一人で。
それが答えのように思えた。
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机の上に、半面。
黒百合の仮面。
雨の雫が窓から差し込む光を歪ませる。
ツムギは手に取る。
冷たい。
「私は――」
言葉が詰まる。
黒百合でもない。
黒薔薇でもない。
ただの、未完成。
それでも。
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扉が軋む。
ロウドが戻る。
濡れた外套。
無言で状況を見る。
空の寝台。
減った荷。
何も言わない。
「……何人」
ツムギが問う。
「半分以下だ」
短い答え。
責めない。
慰めない。
ただ現実。
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沈黙。
雨音だけが続く。
やがてロウドが地図を広げる。
「反乱軍が動く。帝国南方拠点だ」
視線は地図の上。
「乗るか」
問いではない。
確認。
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ツムギは仮面を見つめる。
一度、目を閉じる。
守れなかった。
未熟だ。
それでも。
仮面を顔に当てる。
冷たい感触が、呼吸を整える。
「……黒百合として戦う」
強くはない。
だが揺れも少ない。
立ち直ったわけではない。
立つと決めただけだ。
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ロウドは一瞬だけ目を細める。
口角は上がらない。
ただ、頷く。
「なら急ぐ」
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雨が止む。
雲の切れ間から、弱い光。
拠点の床を照らす。
空は晴れ始めている。
だが部屋の中は、まだ冷たい。
黒百合は、二度咲く。
以前と同じではない。
柔らかさを失い、
代わりに、何かを削った花。
それでも――
咲くことを選んだ。
静かに。
危うく。




