第十三章-棘は内側へ-
戦場は、もう静かだった。
死体は動かない。
呻きも、減っている。
石畳に広がる赤は、雨に薄まり始めていた。
黒百合の団は――数えられるほどしか残っていない。
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ツムギは立ったまま、動けなかった。
握った剣が重い。
守れなかった。
それは事実。
目を閉じれば、倒れる背中が浮かぶ。
名前を呼ぶ声。
届かなかった手。
視界の端。
泥の中に、見覚えのある手がある。
指先に、まだ土が入り込んでいる。
柔らかい土は嘘をつかない、と言っていた男が、
石畳の泥に沈んでいる。
剣は握られていない。
最後まで、構えは不器用だったのだろう。
雨が、その指を洗っていく。
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後ろで足音。
ロウドが立つ。
周囲を一瞥し、淡々と告げる。
「……損耗は想定内だ」
感情のない声。
責めない。
慰めない。
ただ事実。
「想定、内……?」
ツムギの声は掠れる。
ロウドは続ける。
「少数で騎士団とぶつかった。こうなる」
間違いはなかった。
ただ、足りなかった。
それだけだ。
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ツムギは視線を落とす。
「それでも」
喉が締まる。
「守りたかった」
理ではなく、願い。
泥の中の手が、もう動かない。
ロウドは一瞬、沈黙する。
「……守りたいなら、強くなるしかない」
冷たい。
だが揺れていない。
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ツムギの指から、力が抜けかける。
ぽつりと零れる。
「私がいなければ……」
言い終わる前に、視界が揺れる。
胸ぐらを掴まれる。
強くはない。
だが逃がさない力。
「逃げるな」
低い声。
怒鳴らない。
それが逆に、刺さる。
「お前が折れたら、今ここで死んだ奴らは無意味になる」
言い切る。
情ではなく、選択として。
「黒百合を名乗ったのは、お前だ」
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手が離れる。
ツムギは俯いたまま。
雨が強くなる。
血と水が混ざる。
泥は、やがて流される。
だが失われたものは戻らない。
黒百合。
名だけが、重い。
胸の奥に刺さった棘が、向きを変える。
外ではなく、
内側へ。
「……本当に、私なのか」
問いは消えない。
だが、膝は折れない。
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ロウドは背を向ける。
「拠点を移す」
それだけ告げる。
振り返らない。
立て直す、とも言わない。
それが現実だ。
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ツムギは遅れて歩き出す。
雨は冷たい。
だが止まれない。
団はまだ残っている。
壊れてはいない。
ただ――
ひびが入った。
それは、目に見えない。
だが確かに、深い。
そしてそのひびは、
やがて内側から、広がる。




