第十章-王族の影-
宮殿の奥。
灯りは落とされている。
白い寝台の上で、リュナは横になっていた。
薄い布の上に、赤がにじむ。
侍医は下がらせてある。
扉が静かに開く。
「姉さま」
明るい声。
第三王女、セインが入ってくる。
ためらいなく寝台のそばに座る。
「また無理したんでしょ」
責めるようで、責めていない。
リュナはわずかに笑う。
「平気だよ」
声は柔らかい。
体は、そうではない。
⸻
セインは窓辺へ歩き、外を眺める。
「最近さ、黒百合ってのが動いてるらしいね」
軽く言う。
だが目は笑っていない。
「団まで作ってるって。調子に乗ってる」
リュナは沈黙する。
セインは振り向く。
「あたしが行けば、すぐ終わるのに」
炎のような瞳。
戦場を好む光。
「でも今は外征だ。父上の命令だし」
つまらなさそうに肩をすくめる。
リュナは目を細める。
「あなたは、遠くを見ていればいい」
静かな声。
「近くの影は、私が見る」
セインは一瞬だけ首をかしげる。
深くは問わない。
「じゃあ任せる」
それだけ言って立ち上がる。
去り際、振り返る。
「死なないでよ、姉さま」
冗談のようで、本気。
扉が閉まる。
⸻
部屋は再び静寂に沈む。
リュナはゆっくりと体を起こす。
指先で、血の跡をなぞる。
「黒百合」
名を転がす。
黒薔薇は散った。
次に咲くのは何か。
机の上には報告書。
団の規模。
動き。
解放された都市。
淡々と記されている。
リュナは紙を閉じる。
「……王族直属の騎士隊を動かして」
命令は短い。
理由は言わない。
侍従は頭を下げ、去る。
⸻
ひとりになる。
窓の外、帝都の灯り。
リュナは小さく息を吐く。
「あなたは、どこまで行けるのかな」
声は、興味か。
それとも計算か。
誰にも分からない。
夜は深い。
帝国は、静かに牙を研ぐ。




