第九章-黒薔薇と黒百合-
夜の小都市。
灯りは少ない。
黒百合の団は、静かに動いていた。
徴税倉を焼く。
捕らえられた民を解放する。
帝国兵を退かせる。
派手ではない。
だが確実に、爪痕は残る。
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作戦後。
森に戻る。
誰かが小さく笑う。
「助かったってよ」
それだけで十分だと、団員は思う。
ツムギは少し離れて立つ。
喜びに混ざらない。
混ざれない。
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焚き火の向こうで、声が落ちる。
「……知ってたか?」
「何を」
「第二王女が処刑されたって話」
空気が止まる。
ロウドが視線を上げる。
「センカ・ヴェントール」
その名は、静かに落ちる。
ツムギは知らない。
初めて聞く名。
だが、団員の顔が硬い。
ロウドが言う。
「帝国王族の中にも、歯向かった者がいた」
それ以上は語らない。
誰かが付け足す。
「黒薔薇……そう呼ばれてた」
焚き火が弾ける。
⸻
黒薔薇。
黒百合。
似ている。
ただ、それだけなのに。
胸の奥がわずかに疼く。
自分は知らない。
会ったこともない。
だが、その名はもう“散った”。
自分は、まだ立っている。
それだけの違い。
⸻
森を抜け、小都市を見下ろす高台。
ツムギは仮面を握る。
処刑。
王族。
反逆。
遠い話のはずだった。
だが、どこか近い。
誰かが散ったあとに、
自分は歩いているのか。
考えはまとまらない。
整理もできない。
ただ、重い。
ロウドが後ろに立つ。
「気にするな」
慰めではない。
命令でもない。
事実のような声。
ツムギは頷かない。
否定もしない。
⸻
夜風が吹く。
黒薔薇は散った。
黒百合は、まだ咲いていない。
名だけが先に歩く。
ツムギは仮面をつける。
視界が暗くなる。
それでも前は見える。
棘は抜けない。
深くもない。
だが確かにある。
黒百合は、まだ未完成だ。
夜は続く。




