8話 ディズニーシー
今日は、莉菜から私の誕生日をお祝いしましょうと、ディズニーシーに誘ってもらった。
そして、どういうわけかは分からなかったけど、弟さんを呼んでいた。
弟さんは、莉菜と少し歳が離れていて、大学生だと聞く。
舞浜駅を莉菜と降りると、マウンテンパーカーを羽織った男性が莉菜に手を振る。
白いワイドパンツに、グレーのニットを着ておしゃれをしてますという感じ。
こんな弟さんがいたんだ。
プロポーズしたころには大学受験で忙しかったからかもしれない。
ただ、軽い感じで、第一印象はあまりよくなかった。
莉菜に馴れ馴れしかったのが気に入らなかったのかもしれない。
一緒に、ディズニーリゾートラインに乗り、莉菜は弟さんを私に紹介する。
「いつも、こんなおばさんとだとつまらないと思って、同じぐらいの歳の弟を連れてきたの。たまには、男性と話すことも大切よ。弟は、今、慶京大学の医学部にいて、結構、頭がいいのよ。勉強とか教えてもらったらいいかも。」
「弟さんなんですね。江本 聖奈と言います。よろしくお願いします。」
「僕は、櫻井 和人。こちらこそ、よろしく。聖奈さんって、姉貴の名前より可愛い名前だよね。」
「莉菜さんだって、可愛い名前ですよ。」
勝手に下の名前で呼んでるし。やっぱり気に入らない。
聖奈って呼べるのは莉菜だけ。
しかも、莉菜の名前をけなすなんてひどい。私は弟さんを睨みつける。
「まあ、まあ、最初から喧嘩しないでよ。和人、聖奈さんは恥ずかしがり屋だから、優しく接してあげてね。」
「そんなこともないもん。」
「分かった。分かった。僕は優しいって、今日は分かってもらうよ。」
電車を東京ディズニーシー・ステーションで降りる。
目の前に現れたディズニーシーは、12月ということもあり寒い感じがする。
たしかに、レストランや街の風景は華やかに見える。
でも、アトラクションの周辺は岩とかも多くて、寒々しい感じがした。
今日がたまたまか、客が少ないことも、そう見える原因かもしれない。
ディズニーの夢の世界というよりは、寒々しい感じがしたのは私だけかしら。
莉菜の気持ちがそうかもと思って見ていたからかもしれない。
まずはヴェネツィアン・ゴンドラに乗る。
思ったより寒くて、莉菜は屋内のアトラクションにしようと言い出した。
莉菜の頬が赤みを帯びている。たしかにその方がいい。
シンドバッドやソアリンという名の乗り物に乗る。
待っている間は、弟さんが私に積極的に話しかけてくる。
しばらくすると、莉菜が提案を持ち出した。
「私、疲れたから、このカフェで休んでる。若い2人で、センター・オブ・ジ・アースでも乗ってきなさいよ。」
「莉菜さんは行かないの?」
「私、ジェットコースターとか怖いから、いいわ。2人で仲良くしてきてね。」
「分かった。」
だいぶ混んでいて、待っている間、弟さんとしばらく一緒に話すことになった。
弟さんは、私の心を読もうとしているのか、私の目を刺すように見つめている。
私が弟さんと話す話題といったら莉菜のことぐらいしか思いつかない。
「莉菜さん、この頃、どんな感じなの? これまで、だいぶ落ち込んでいたようだったけど、最近は少し明るくなったように思う。どう?」
「一緒に暮らしていないから、全部を分かっているわけじゃないけど、確かに、会う時は笑顔が増えたと思う。でも、1人の時は、まだ泣いてることが多いみたいだな。それは、元婚約者のせいだと知ってる。」
「ええ、聞いたわ。」
「とんでもないやつだよ。勝手に死んで、ずっと姉貴のこと大切にするって言っていたのに、嘘つきなんだ。あいつのせいで、どれだけ姉貴が悲しい思いをしているか。」
「でも、優しい人だったと聞いてるけど。」
「いくら優しくたって、こんなに姉貴を泣かしたら悪人だよ。もうすぐ婚約して2年だけど、姉貴は今でもずっと泣いていて、それって許されないだろう。」
「そんなに悲しいくらい、好きだったということじゃない。いい彼だったんじゃないの。」
「聖奈さんは、彼に会ったことないでしょ。彼の味方なの?」
私は、何も言えずに下を向くしかない。
弟さんは、昔の私に会っていないし、会話もしていない。
ただ、事実だけをみて、今から当時に遡って想像しているだけ。
たしかに、私が莉菜を悲しませているのは事実。
しかも、死んでもいないのに、死んだと偽っている。
莉菜の心を和らげようとしているのも、罪滅ぼしなのかもしれない。
違う。私は、ただただ莉菜に幸せになって欲しいと思っているだけ。
莉菜が愛おしいだけ。こんな体じゃなければ抱きしめ、愛情を伝えるのに。
罪滅ぼしとか、邪な考えがあるわけじゃない。
「聖奈さんは、姉貴のこと大切に思ってくれてるんだね。ありがとう。どうして、こんなに親切にしてくれるの?」
「私は、クラスでは友達がいなくて、莉菜さんに優しくしてもらっているの。そのお礼もあって、莉菜さんには笑顔が増えて欲しいと思っている。」
「そうなんだ。でも、こんな美人なら、女子校だからクラスには男性がいなくても、普段、道を歩くだけで、男性から声かけられるでしょ。」
「私、暗いから、そんなことないわよ。」
「そうかな、さっきから笑顔はとても可愛いよ。」
「ありがとう。」
弟さんは、話しが続かない私に少し困ったのか、言葉数は少なくなっていった。
それでも、ジェットコースターでは、私も大声を出す。
弟さんも絶叫して、いつの間にか私の手を握っていた。
私には、そんな気はなかったから、終わったら、すぐに手を離す。
「楽しかった? 若いお二人さん。」
「怖かったけど、大声出してスッキリしたかも。弟さんは絶叫していたもんね。」
「そんなことないけど。」
「また、また。仲良くしなさいよ。」
弟さんは、莉菜の前だと饒舌に喋る私を不思議そうに見ていた。
もしかしたら、男性に奥手の女の子だと見られていたのかもしれない。
たぶん、莉菜は私に男友達を作ってあげようと思ったんだと思う。
でも、そんなことより、まず、莉菜をずっと笑顔でいられるようにしないと。
そもそも、私が男性と仲良くできる気持ちになれるかもわからないし。
ランチの時間になって、私たちは、ハンバーガーを食べることにした。
大きなパテをナイフで切って食べる感じのハンバーガー。
大きなポテトもいっぱい付いていて、今の私だと全部食べられない。
弟さんは、私の気をひこうと思ったのか、食べながら、ずっと、話し続けている。
莉菜も、それを楽しそうに見ていた。
私の口に、ピクルスが付いていたみたいで、弟さんが付いているよって言ってくれた。
私は慌てて取ったけど、弟さんは大笑いしている。
悪気はなかったんだろうけど、なんか気分が悪くなった。
そんな姿を見て、莉菜は、まあまあって、二人の間を取り持とうとしている。
ずっと笑っていたから、私も気分を直して笑ってみたけど。
夜のパレードを見てゲートを出ると、弟さんは逆方向に帰っていった。
莉菜と私は一緒に電車に乗って帰る。
「今日は、弟を連れてきてごめんね。弟には興味はなかったかもしれないけど、もう少し、男性が話しているときは、楽しそうにしないと。」
「別に、弟さんが嫌だったわけじゃないの。楽しそうにできなくて、ごめんなさい。」
「謝らなくていいのよ。じゃあ、恥ずかしかったのかしら。男性も同じ人間だから、普通に喋ればいいのよ。まだ若いから、これからってことかもね。」
「いえ、そんなんじゃなくて。」
思ったより、少し語気が強まってしまった。
「あれ、図星かな。それとも、私を見ていて、好きな人がいなくなるのが怖くなったとか。普通はそんなことないから大丈夫よ。」
莉菜は、私が何を考えているのか探ろうとしていたみたい。
興味津々な顔つきで私の顔を茶化すように見ながら。
品川駅でホームに降りた時、急に、後ろから声をかけられた。
「聖奈じゃないか。」
振り向くと、どこかで見たことがある大学生ぐらいの男性が私を見ている。
「池袋の事件で撃たれて、死んだと聖奈の親から聞いていたけど・・・、生きていたんだ。でも、なんか、ぴーんときていないみたいだけど、もしかして、僕のこと忘れたのか? あの事件で記憶喪失になったとか?」
「聖奈さん、この方はどなた?」
莉菜はきょとんとした顔で私と彼を見守る。
この男性は誰かしら。そうだ、池袋でこの子と一緒にいた男性だ。
名前は・・・、確か、この子が言っていた。そう鈴木だ。
この子の親は、いきなり女性になった私が困惑すると思って、死んだと伝えたのだと思う。
こんなちゃらい男性と娘を付き合わせたくなかったのかもしれない。
それにしても、莉菜と違い、この子が死んだと聞いても、彼は、平然と過ごしている。
今日も、誰か別の女性と一緒にいたような格好に見える。
この子は、付き合っている女性の1人に過ぎないのだと感じた。
それに気づくには、この子はまだ若過ぎたのだと思う。
しかも、彼は、この子を置いて逃げたとんでもないやつ。
その後に、この子は頭を撃ち抜かれた。
彼が手を引っぱって逃していれば助かったかもしれない。
そして、私が女子高生にならずにこの世を去り、辛い思いもしなかった。
「鈴木。」
「覚えているじゃないか。そんなに睨むなよ。この方は誰。お姉さんじゃないよな。たしか、聖奈は一人っ子だったし。」
「学校の先生。」
「そうなんだ。せっかく再会できたんだから、これから一緒にファミレスとか行こうよ。」
「嫌。」
私の手を握ろうとした彼の手を振り払う。
「僕らは付き合っていただろう。あれだけ、僕と一緒にいて嬉しいと言ってくれていたじゃないか。偶然会えたのも運命なんだよ。また付き合おう。」
「池袋の発砲事件で、私を見捨てて逃げたでしょう。そんな人と一緒にいたくない。」
「あの時は、誰もが逃げていたじゃないか。むしろ、僕が逃げて助かったから再会できたとも言えるぞ。しかも、聖奈は撃たれてただろう。僕が逃げなくても、もう助からない感じだっただろう。」
「ごまかさないで。あなたが私を見捨てて逃げた後に、私は撃たれたの。あなたが私を守ってくれていれば、私は撃たれなかった。」
この子が私の体に乗り移ったかのように、この子の感情が私の口から溢れる。
そして、莉菜は、私と彼との間に入り、私を守っている。
「鈴木さん、今日は帰りなさい。江本さんも嫌がっているでしょう。そして、これからも、江本さんには会わないで欲しい。」
「分かったよ。ああ、気分が悪くなった。聖奈なんて、あの時に死んでいればよかったんだ。」
莉菜は、私を見て、頭を撫でる。
「いろいろあったのね。私が、聖奈さんを守るから安心して。しばらくは、男性に興味を持てなんて言わないから。」
そう、私が莉菜を守っていたんじゃなくて、莉菜に私がずっと守られてきた。
気がつくと女子高生になっていて、絶望して生きる望みを失っていた頃を思い出す。
2組の親を悲しませたくないということだけで、灰色の世界で生き続けていた。
そんな時に、莉菜が私の前に現れ、生きる意味を与えてくれる。
その時、莉菜がハンカチを私の顔にあてる。
目から雫が流れていたことに、初めて気づいた。
莉菜は誤解しているに違いない。あの事件がトラウマで男性を嫌悪していると。
でも、そんなことはどうでもいい。誤解させておけばいい。
どうせ、本当のことは言えないのだから。
莉菜は、それ以上、何も言わずに、私の手を握り、ポケットに入れる。
どこまでも温かい心に、少しだけ休まさせてもらうことにした。




