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純愛  作者: 一宮 沙耶
第1章 秘密

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6話 ハロウィン

莉菜と私が外で会っているということまでは知られていないと思う。

だけど、学校で、莉菜が私をえこひいきしていると校長先生に投書があったらしい。

暗い私が、莉菜にだけは笑顔で楽しそうに話しているのが目立ってしまったのだと思う。


また、私のせいで莉菜に迷惑をかけてしまった。

校長室で、莉菜に弁明を求められる。


「櫻井先生、生徒から、江本さんをえこひいきしていると匿名の投書がありました。着任早々、こんな問題を起こされては困りますよ。で、どうなんですか?」

「えこひいきなんて全くの事実無根です。一人ひとりの生徒に向き合って、何が悪いんですか?」

「いえ、生徒に向き合うことが悪いなんて言っていません。一人の生徒だけに仲良くするのはどうかと言っているんです。」

「なにを根拠に、そんなことを言っているんですか? 私が、学校で江本さんだけと仲良くしている事実があるのなら、いつ、江本さんと、どんな話しをし、他の生徒と話していないというデータを示してください。そんな噂レベルの話しで校長が右往左往するなんて、みっともないです。」

「そうなんだが。」


莉菜は、具体的にどのような問題が自分にあったのかと、逆に校長に詰め寄ったらしい。


「しかも、私は英語を受け持っていますが、江本さんの英語の成績は中の下という感じで、別に優遇した覚えもありません。そもそも、1人の先生として、頼ってきて、一人立ちできそうもない人には手厚く接し、相談がなくても独り立ちできる人は、おのずと本人の判断に任せることになるのでしょう。間違っていますか。それとも、頼ってくる生徒を突き放すのが校長の方針なのですか。」


莉菜は一歩も譲らなかった。


「いや、問題がないのならいいのですけど。いずれにしても、当校は女子高で、すぐに噂が広まってしまうので、噂が立たないように、日々、気をつけてください。間違いだったとしても、えこひいきする先生が当校にいるなんてPTAにでも漏れたら、目も当てられないですから。」

「分かりました。気をつけます。では、失礼させていただいていいでしょうか?」

「ああ。」


莉菜が立ち去った校長室では、校長と教頭が話しを続ける。


「それにしても気が強い女だな。帝都大学の女って、プライドが高く、あんな感じの女が多いから、最初から気になっていたんだよ。女子高では難しいんじゃないの。教頭が呼んだ人でしょう。教頭がきちんと指導してあげてくださいよ。」

「婚約者が亡くなって、まだ心の整理ができていないんです。本来は優秀な先生ですから、もう少し、猶予を与えてやってください。当校の偏差値をあげ、有名女子校にしていくために欠かせない人です。」

「分かったけど、この状態が続くと、考えなければならないからね。」

「承知しました。」


この会話を通じて、結果として問題にはならなかった。

そもそも、授業中にそんな態度があったなんて事実はないし、私の英語の評価も普通。


どうして、精神的に弱っている莉菜を更にいじめるのだろう。

そんなことをしても、した人に何にも得がないのに。

でも、弱い者をいじめる人はどこにでもいる。


最初は戦うモードだったけど、無理していたのか、莉菜には負担だったのかもしれない。

問題がないと言われた途端、疲れ果てたように、廊下を歩く姿もふらついていた。

壁にもたれかかり、上を見てため息をつく姿も度々見かける。


そんなことがあり、また、莉菜は自分の部屋で塞ぎ込むことが多くなった。

授業が終わると、誰にも気づかれずに姿を消し、帰宅の途につく。


私に連絡してくれることも少なくなった感じがする。

私に悪影響が及ぶことを恐れて、学校ではあえて声をかけないようにしているのだと思う。


だから、今日はハロウィンだし、仮装して莉菜の家に行ってみることにした。

ただ、品川のあたりだと、仮装している人なんていないから仮装姿は恥ずかしい。

渋谷のあたりだと、そんな人いっぱいいるんだろうけど。


だから莉菜の家の前の公園のトイレで、黒と紫のドレスに着替えた。

そして、小さな三角帽を頭にのせ、杖を持って、莉菜の部屋のベルを鳴らす。


「あら、聖奈さん、可愛い。そういえば、今日はハロウィンだったわね。部屋は散らかっているけど、入って。でも、よく、家、分かったわね。」

「住所は、前回、聞いていたんで、来ちゃいました。でも、こんな格好で来るのは恥ずかしかったんですよ。似合ってますか? じゃあ、お邪魔します。」

「似合ってるわ。小悪魔って感じかしら。やっぱり、若いって、いいわね。その小さな三角帽、聖奈さんの艶やかな長い髪の毛にぴったりね。」


莉菜は、私の可愛さをいつも褒める。

どこにも昔の面影がない私の姿に、もどかしさを感じる。

そんな気持ちとは関係なく、莉菜は試すような目で私を見つめる。


「でも、私と一緒に渋谷に行くとかじゃないわよね。女子高生と一緒に仮装して歩く勇気はないわよ。」

「いえ、今日は、莉菜さんの部屋でずっと一緒にいようと思って。」

「そうなんだ。安心した。」

「その前に、お詫びしないと。」

「なんだったっけ?」

「私をえいこひいきしたと校長から呼ばれたと聞いたけど、私のせいだと思う。これから気を付けるから許してください。本当にごめんなさい。」


私は、腰を曲げて深々とお詫びする。

莉菜は、私にかけより、肩に手を添え、私の体をあげる。

私の目をしっかりと見つめ、笑顔を私に向ける。


「聖奈さんは、何も悪くないわ。人を貶める人なんてどこにでもいるから、気にしなくていいのよ。」

「ありがとう。安心した。ところで、せっかくハロウィンだから、仮装してきたんだけど、莉菜さんの部屋、ハロウィンの飾り物で飾ってもいいですか?」

「え、そうなの。大きな荷物を持ってきてもらって、ごめんなさいね。でも、嬉しいわ。部屋が明るくなる。」

「莉菜さん、風船を膨らますのと、紙テープで輪飾り作るの手伝ってくれる。」

「分かった。」


莉菜は綺麗好きなのに、部屋はゴミで雑然としている。

暗い闇に心が押し潰され、ごみを片付ける心の余裕がなかったからだと思う。

すぐに片付けて、1時間ぐらい部屋に装飾を飾りつけた。


少し寒い感じもしたけど、窓を開けて換気をする。

暗かった部屋がとても爽やかになった。

莉菜には、気持ちのいい部屋で過ごしてもらいたい。


ハロウィンって英語の文字の風船をリビングの壁につけて、オレンジ色の輪飾りをした。

莉菜は、部屋のどこからか探してきたハロウィンのBGMを流してる。

この部屋はハロウィンの世界となった。


パンプキンのお化けが周りを飛び跳ねているみたい。

部屋に飾った輪飾りが部屋を明るく演出し、オレンジ色の夕日も部屋を照らしていた。

何か神秘的で、楽しそうな未来がすぐそこに来ているみたい。


もっと大勢だと楽しいパーティーという感じなのだと思う。

でも、二人だから、アットホームに相手の気持ちに寄り添える。

そんな暖かい時間が心地よかった。


「聖奈さんが来て、気分が明るくなったわ。ありがとう。」

「実は、莉菜さんにも、仮装のドレス持ってきたんだけど、着てみてくださいよ。」

「え、私も。でも、せっかくだから着てみようかな。どんな感じなの。」

「紫色で肩とかはレースで透けておしゃれになっていて、大人らしくて莉菜さんに似合うと思う。」

「ありがとう。着てみるわね。ベットルームで着替えるから、少し待っていて。」


着替えた莉菜は、舞踏会のドレスを着たお姫様みたいに華やかだった。

ハロウィンのBGMは、莉菜が社交ダンスをするために音楽を奏でているみたい。

そう、莉菜は、本当は、とても華やかな女性。


ハンバーグにパンプキンの絵柄のチーズを載せた料理を作る。

莉菜はワイン、私は、オレンジジュースで乾杯をする。

そして、夕日を見ながら、笑い声いっぱいの時間を過ごした。


莉菜には笑顔が似合っている。

夕日に照らされた、莉菜の笑顔は懐かしい。

最近は、塞ぎ込む時間が多いけど、昔、莉菜は私の前でいつも笑っていた。


今の莉菜が暗いのは、学校でのいじめのような投書もあったことも原因。

でも、それだけじゃない。私が死んだことが、莉菜を苦しめている。

本当に、ごめんなさい。でも、謝っても許されることではない。


だから、少しでも、莉菜を明るくしたい。

毎日でも、ここに来て、莉菜を笑顔にしたい。


「聖奈さん、私の顔に何か付いてる? そんなに、ずっと顔を見られると恥ずかしいじゃないの。」

「ごめんなさい。そんな気はないんですけど、莉菜さんには、ずっと楽しくしていて欲しいなって思ってたの。莉菜さんには笑顔が似合う。」

「大丈夫。私は、私らしく生きていくしかないし、聖奈さんがいることで、元気をもらっているわ。そういえば、笑顔が似合うといえば、聖奈さんの顔はとっても可愛いし、もう少しおしゃれをしたら、もっと可愛くなると思うの。私が気に入っているカチューシャがあるから、付けてみてよ。あった、これ。付けていい?」


小さな花束のようなカチューシャを莉菜は手に持っている。


「お気に入りをいいんですか?」

「いいのいいの。私はもうおばさんだから、こんな若々しいカチューシャをしたら、若作りしすぎって笑われちゃう。ほら、やっぱり似合うね。あげるから、時々付けてみて。気に入ってもらえると嬉しいな。」

「ありがとうございます。嬉しい。」


莉菜にとって、私は、どこまでも女子高生にしか見えていないのだと思う。

その分、莉菜は、何も飾らず私に接してくれている。

私は、本当の自分を隠す悲しみを乗り越え、莉菜を支え続けていくとの思いを強くした。


それからも、莉菜はお酒を飲み続ける。

お酒を楽しむというよりは、悲しさを無理して忘れようとしているように見えた。


そのうち、笑顔なのに目からは雫が流れている。

私の前だから、無理して笑っている?

そんなことしなくていいの。

私は、そっと立ち上がって、莉菜の顔をハンカチで拭いた。


「あれ、私、また泣いていた? どうしてかしら。ところで、聖奈さん。今日は遅いから、もう帰った方がいいわね。親御さんも心配するから。」

「いつの間にか9時になっちゃいましたね。じゃあ、今日は帰ります。でも、これからも、時々、お邪魔しますので、入れてくださいね。」

「もちろんよ。」


私は、莉菜のベットルームで着替えさせてもらって、部屋を出た。

駅に向かう道でLINEに今日のお礼のメッセージを送ったけど、ずっと既読にならない。

多分、一人でまた泣いて、涙でスマホの画面が見えないんだと思う。

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