3話 女子校生活
引き続き3ヶ月の入院を経て、女子高生の家に戻る。
この子の親は、翌年の4月から、当時いた2年生に編入するのがいいと提案する。
女子高生として暮らすにも時間がかかるだろうという親の配慮もあったのだと思う。
3ヶ月分は家で過ごし、3年生に編入することも考えた。
ただ、1年間で久しぶりの受験をするのも大変だろうし、ゆとりを持った方がいいと。
私にとっては、2年でも3年でも大きな違いはない。
久しぶりの高校だから、そちらがいいだろうと、何回も説得される。
この子の親からみたら、2年生の娘の姿を再び見たかったのかもしれない。
2年も年上の人がクラスに馴染めるかは不安もあったけど、断ることもできない。
3ヶ月間は、家にいて女性としての生活に慣れるための時間を過ごす。
女子校の制服を着たり、スカートを履いて外を歩いてみる。
外から見れば、あたりまえの女子高生なのだろうけど、スカート姿は恥ずかしい。
でも、1ヶ月もしないうちに慣れてしまう。
朝起きて、ブラをつけてかがみ、バストを寄せることも自然にできるようになっていた。
生理の処理の仕方もこの子の母親から学ぶ。
ヘアサロンに行き、髪の毛を切った姿を鏡で見たときに、本当に女性になったと実感する。
高校に行く日が訪れる。
この体の女性は、女子校に通っていて、女性ばかりの校内に入った。
私は、2年生のクラスに入り、指定された席に座る。
クラスでは、2年先輩が編入してきたせいか、周りの目は冷たい。
みんな1年生からクラス替えがなくて一緒だったことも影響していると思う。
しかも、この前まで26歳だった男性が、簡単に女子高生に溶け込めるはずもない。
体が女子高生というだけ。
莉菜に会うまでは人付き合いも苦手だった。
でも、莉菜と出会ってからは友達も増え、今では1人だけで過ごすのは寂しい自分がいる。
みんなに溶け込もうと努力をしてみた。
そんな私を不憫に思ったのか、横に座るクラスメイトが私に話しかける。
「ねえ、聖奈さん、相談に乗ってよ。今度ね、彼氏と一緒に品川の水族館に行くんだけど、どっちの服で行ったらいいと思う。こっちの方が女の子ぽい感じがするんだけど、もう少し大人の女性らしい方がいいかな?」
「陽葵の彼氏って、どんな人?」
「そうね、大学生で、言葉数は少ないけど、頭は切れるというか、勉強はできる人なの。しかも、有名な会社の社長の息子だから資産家なのよ。将来はエリートで、お金持ちになると思う。結婚できれば、玉の輿というか、このチャンス、逃すのはもったいない。」
まるで30歳前後の女性のような話しをする。まだ高校生なのに。
「で、その彼氏はどのような服を着て欲しいと思うのかしら。」
「それが分からないから迷っているんじゃない。それでね、2年先輩の聖奈さんだったら、彼氏の気持ちが分かるかななんて思って。」
会ったこともない人の気持ちなんて分かるはずがない。
でも、私の気持ちに関係なく、陽葵の話しは15分も続き、終わる気配がない。
「まあ、陽葵はかわいいんだから、どんな服を着て行っても気に入ってもらえると思う。悩んでいるのは無駄だよ。どっちでもいいから、まずは前に進むのがいいって。失敗すれば、次は逆のことを試せばいいだけでしょう。さっきからずっと堂々巡りだよ。話しは何も進展していないじゃない。話しているだけ、時間の無駄。」
陽葵は目を丸くして私を睨み、もう話しかけてくれることはなかった。
何が悪かったのだろう。ちゃんと話しを聞いて、アドバイスしてあげたのに。
今から思うと、男女のコミュニケーションの取り方が違っているのを知らなかった。
陽葵は、寂しくしている私の気持ちを和ませようと、一緒にいる空間を作ったのだと思う。
それを、話す時間が無駄だなんて言えば、怒るってことぐらい今なら分かる。
そんなことでさえ、3ヶ月、家にいるだけでは学べなかった。
最近は、クラスメートからはぶられている空気を感じる。
トイレの個室に入っていても、クラスメートから私への批判の声を聞くことが増える。
「聖奈さんて、私たちのことバカにしていない。2年先輩なのだろうけど、結局、1年以上、ベッドで寝ていただけでしょう。」
「そうよね。本当に性格は暗いし、自分だけが被害者みたいな顔をして、このクラスに編入することになって、私たちの方が被害者よね。」
「そうそう、あんな女、事故で死んでいれば良かったのに。」
こんなことはしょっちゅう耳にする。
いえ、私がトイレの個室にいることを知って、聞こえるように言っているのかもしれない。
男性のときは、莉菜のおかげで、周りと仲良くできるようになっていたのに。
もう、あの時には戻れないのかもしれない。
朝は、みんな、おはようって挨拶してるけど、私には誰も挨拶してくれない。
お昼休みには、横でお弁当を食べる5人グループの輪に入ろうと声をかける。
みんなは私を無視し、5人だけで話し続ける。
無理して横に座ろうとすると、今度ははっきりと先輩の席はここにないと言う。
そして、厚かましい人だと言って、くすくすと笑う。
そんな笑い声が、クラスの中でこだまのように広がっていく。
体育の時間が終わり、教室に帰ってくると私のブラがない。
ブラを付けずにブラウスを着ていると、恥じらいがないと笑い声が聞こえる。
そして、そのブラはトイレの便器の中で見つかった。
女性どうしって、みんな笑い合って楽しそうだと思っていたのに、関係は難しい。
陰で噂流したり、笑いながら相手をけなしたりとか。
私が馴染めていないだけだとは思うけど、それ以上に私に冷たい。
特に、仲良しグループとは別のグループの人との関係は難しい。
だからか、そのグループから外されると孤独になってしまう。
そのせいでリーダーに気をつかっている。そんなの友達じゃないのに。
あからさまにマウンティングしてくる人もいた。
なんか、女性は嫌な存在というイメージに変わっていく。
最近は、こんなもんかなって感じで慣れてしまった。
この高校で、誰かと仲良くするのは難しいかもしれないと考え始めている自分がいる。
最近は1人でいるのは寂しいけど、そもそも、人と仲良くするのは得意な方ではない。
あと2年なんて、下を向いて嵐が通り過ぎるのを我慢していれば終わる。
3年に編入した方が良かったと後悔したけど、もうしかたがない。
最近は、もう諦め、学校の休憩時間とかは、1人で本を読んで過ごしている。
昔、高校では本を読んで、人との接触は避けていたから、こんな生活には慣れている。
本を読んでいれば、空想の世界で生きていける。
横に誰がいても、誰もいなくても、そのことを忘れられる。
自分が女子高生だということも意識せずに済む。
でも、私は、何でこんなことをしているんだろう。
これから、何を目標にして生きていけばいいのかしら。
池袋の事件で死んでいたのと変わらない。
あの時に死んでいればよかったかもしれない。
莉菜と楽しく暮らしていたからこそ、周りからハブられている今の生活は辛い。
男性だった頃にいじめられていた頃の記憶も蘇る。
しかも、今は、みんな私を嫌いで、死んで欲しいと言っている。
誰もが私を無視し、この世の中に私は存在していないみたい。
みんなの期待に応えて、この世からいなくなった方がいいのかしら。
でも、この子の親だけは悲しむと思う。それは申し訳ない。
ただ、私が我慢だけしていれば済むこと。
でも、毎日、心臓が死神に掴まれるように苦しい。
食事が喉を通らず、どんどん痩せていった。
その中で、授業中は、窓から校庭をよく見ていた。
砂埃が舞う中で、トラックを走っていく生徒が見える。
なんとなく人生と一緒。
一緒にスタートするけど、実力の差もあるし、やる気の違いもある。
遅い人は、1周遅れで走ってる。
でも、ゴールが1つしかないことは現実世界とは違う。
人生は、途中でいくつも枝分かれし、どれが正解かはわからない。
私は、私の幸せを見つけていくだけだということは分かっている。
授業が終わると、私は、することもなく校庭を歩いていた。
早く帰っても、することがない。
ハンカチを敷いて座り、テニスで汗いっぱいの部活とかを眺める。
みんな、今を生きてる。
あの子なんて、コートを全力で走り回っている。
コーチがボールを右、左って投げて、それを打つために。
すごいと思う。私は、高校の時、どうしていたかな。あまり記憶がない。
そういえば、1人で閉じこもり、勉強しかしていなかった。
結局、生まれてから、ずっと、この世の中で存在してこなかった。
日差しが強過ぎる。
木々は緑なのに、見える光景は全てが真っ白に見える。
光の中にいるみたいで眩しいし、空気がゆらゆらしてる。
校庭の木も、若葉から緑が濃くなり、生い茂る季節になってきた。
木々は、陽の光をいっぱいに浴びて楽しそう。
私だけが一人ぼっちで、誰も私のことに気付いてくれない。
再び、こんな環境で、生き残ったことは良かったのかと思いが繰り返される。
そんな時間を過ごして4カ月が経ち、夏休みを迎える。
夏休みには、親とイギリス旅行に行った。
この子の両親が、学校に馴染めない私を気遣って気晴らしにと考えたのだと思う。
前の生活では海外には行ったことがなかったので、結構、楽しめたかな。
お城とか、宮殿とか、見たことなかったし、中世ヨーロッパの雰囲気は素晴らしい。
大英博物館にも行って、すごいなって感じた。
この子の両親は、高齢で産まれた女の一人っ子として、私をとても大切にしてくれている。
おしゃれをしないので、ガーリーな服とかを買ってきてくれることも多い。
私は、好意に応えようとその服を着て出かけたりするけど、まだ女性の服には馴染めない。
ただ、タイトなTシャツとかだと、バストが目立って恥ずかしい気持ちもある。
パスポートを作った時に、本当に女性になったんだなとしみじみと思った。
当然だけど、誰もが18歳の女子高生であることを疑わない。
昔の自分は、もうどこにもいなくなったと実感し、周りが灰色の世界に見えた。
そんな中、今日から2学期が始まると思って教室にいた時、衝撃が走る。
目の前に、莉菜が現れたから。




