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純愛  作者: 一宮 沙耶
第1章 秘密

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2話 出会い

薄っすらと明かりが見える。ここはどこだろう。

そういえば、池袋で事件に巻き込まれた記憶がある。

生き残れたのだろうか。それとも事件の記憶は夢か何かだったのだろうか。


長い時間が過ぎていく中で、意識ははっきりとしてきた。

目や口には包帯がまかれ、医師からは頭の手術をしたので動かさないように言われる。

お腹や手足は車に潰されて大手術だったのだろう。

自由に動かせず、寝たきりの状態が続く。


見えないものの、窓からうるさいぐらいの蝉の鳴き声が聞こえてくる。

8月ぐらいなのだろうか。

あの事件は年末だったから、だいぶ時間が経っている。

もしかしたら何年も経っているのかもしれない。


時々は看護師が体を暖かいタオルで拭いてくれている。

お腹や足は繋がっている感触がある。これなら普通の生活ができそうだ。


逆に、どうして頭に包帯がまかれているのだろうか。

気を失った後、顔のどこかを撃たれたのかもしれない。

ただ、どこかに穴が空いているような感覚はない。

両目とも光は入っているし、耳も十分に聞こえる。唇の感覚もある。


感覚がわずかに戻ってから永遠に感じた時間は、医師から約1ヶ月だと聞かされた。

でも、それまでの7ヶ月程度は脳波も弱く、生死を彷徨っていたという。

それだけの大事故だった。でも、生き残れたのなら莉菜と再び会える。


ここ数日は、医師との会話もできるようになった。

ただ、包帯で、口を動かしづらく、声は昔のように出せない。

医師は、僕が池袋の事件で大怪我をし、なんとか一命を取り留めたと話す。


今日、頭に巻かれた包帯が外されると聞き、やっと回復したことに安心をする。

ただ、鏡に映った自分の姿を見て、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

鏡に映った自分の姿は、あの事件で見た女子高生だったから。


最初は、何かの間違いかと思ったけど、手を挙げれば、鏡の女子高生も同じ動きをする。

医師は、混乱する僕に、手術の内容を話し、再び生を受けたことに感謝して欲しいと語る。

僕と、女子高生の親が僕に駆け寄り、涙を流しながら喜ぶ。

親達の喜ぶ姿をみて、僕には、元の姿に戻るという選択肢は残されていなかった。


こんな姿を莉菜に見せれば、莉菜とはもう元の関係に戻れないだろう。

見せてどうなるか分からない。

でも、僕を救ってくれたかけがえのない莉菜に伝えなければならないのではないか。


莉菜と出会った日のことを思い返す。

当時、僕は、人と接するのが苦手で、いつも1人で過ごしていた。

受験という言い訳で、高校までは人との接触を避ける日々を過ごす。


その結果、日本で最高峰と言われる帝都大学に入学する。入学した時は嬉しかった。

桜の咲き誇る駒場の門をくぐると明るい未来が待っている気がした。


でも、受験という目標がなくなり、自分が何のために生きているのか分からなくなる。

しかも、これまで人を避けてきたので、周りの人とどう接していいか分からない。

そのうち、いじめを受けるようになってしまった。


最初は、授業のノートがなくなり、カバンもなくなる。

授業の教室が変更になったと言われて、そこに行くと誰もいない。

誰もが変人と僕を指差し、バカにして笑う。

僕は生きていける自信がなくなり、家に閉じこもるようになってしまった。


毎日、カーテンを閉めきり、ベッドの上で、天井を見続けるだけの時間が過ぎていく。

吐き気がして、食べ物も口に入らない。

もう大学で過ごす自信はなくなり、退学届けを力を絞って大学に提出しに行った。


駒場の駅に到着すると、いつの間にか黄色く染まった銀杏並木が目に入る。

僕の時間は止まっているのに、外の時間は着実に流れ、この世界から取り残されている。

これまで乗ってきた電車が、渋谷の方に遠ざかっていくのをただ見つめていた。

何のために、これまで生きてきたのだろう。


校内を見ると、またいじめられる姿が目に浮かび、体がすくむ。

しばらくホームのベンチに座り、動けない。

1時間が経ち、ふらふらと立ち上がって歩いていると、僕はホームに落ちてしまった。


そこに、下北沢行きの電車が到着するとのアナウンスが流れる。

ここで人生を終えるのもいいかもしれない。

これまで何もなかったのだから、ここで消えても、この世の中は何一つ変わらない。


僕は、渋谷の方向を見つめ、ただ、立ち尽くしていた。

その時だった。腕を強く握りしめられる。


「何しているの、走るわよ。」


僕は、強い力で引っ張られて、線路を走り、電車に轢かれることはなかった。

目をあげると、同じぐらいの年の女性が怒っている。


「本当に危ないんだから。大丈夫? 帝都大学の学生なの? 何年生?」


いきなり、質問を浴びせられて困惑し、言葉が出ない。


「あのね、何年生なの?」

「1年生」

「私と同じじゃない。でも、無事で良かった。もう12時だけど、お昼はまだでしょう。一緒に食べに行こうよ。」


僕は駅員に30分以上、怒られたけど、その女性は一緒に聞いてくれた。

駅のすぐそばにある定食屋で、その女性は僕にずっと話し続ける。

僕はただ、うなづいて、カツ丼を食べていた。

でも、久しぶりに口に入るもののおいしさを感じ、生きていることを実感できた。


それが莉菜との出会いだった。

莉菜からは怒られるけど、その時の莉菜の顔はよく覚えていない。

でも、それから何回か、一緒に食事をするようになり、僕らは付き合うようになる。


そして、大学を卒業し、僕は旅行代理店に入社し、莉菜は高校教師になる。

25歳の冬から婚約をして同棲を始めた。


そんな莉菜と、こんな姿で、どう再会すればいいのだろうか?

僕は考えがまとまらず、怖くなり、結局逃げてしまった。

親を通じて、莉菜に、僕が死んだことを伝えてもらう。

親も、一緒に結婚生活を送れないだろうし、それがいいと言ってくれた。


そして、大きく生活環境が変わる中で、莉菜との生活の記憶は薄れていく。

いや、ただ逃げて、莉菜とのことを忘れたかったのかもしれない。

ただただ自分勝手で、莉菜が、どれだけ悲しむのかも知らずに。

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