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純愛  作者: 一宮 沙耶
第2章 償い

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6話 ストーカー事件

私は、高校を卒業し、同じ系列の女子大に入った。

莉菜とは、高校を卒業してから少し距離を置くことを決めた。

高校で一緒に過ごした1年半で、だいぶ、莉菜の心は落ちついたように見えたから。


そして、私ではなく、誰か、きちんとした男性と付き合って欲しくて。

でも、私自身は、莉菜と会えない灰色の大学生時代を過ごしていた。

莉菜と会わないと決めたのは自分なのに。


女子大で男性と会う機会が少ないこともあるけど、男性と仲良くする気にはなれない。

莉菜以外の女性にも興味はない。

また、無理して笑顔を作り、友達作りをする気にもなれなかった。


だから、大きなキャンパスの中で、いつも私は一人だった。

昔に戻っただけ。一人が楽だし、一人の楽しみ方も知っている。


そんな中でも、キャンパスを歩くと莉菜のことばかり考える自分がいる。

そういえば、莉菜と付き合っている時にストーカー事件があったことを思い出す。

付き合って3ヶ月ぐらいしか経っていない頃。だいぶ前なので忘れていた。


この事件で莉菜との絆が深まり、私が莉菜を守るという覚悟ができた。

私と莉菜が渋谷の居酒屋で飲んで帰る時、莉菜を知る男性が現れたのが始まりだった。


「莉菜じゃないか。久しぶりだな。」

「木村さん・・・」


見るからに柄が悪い男性が、格好の餌食を見つけたかのように目を光らせ、立ちはだかる。

ガムでも食べているのか、口をくちゃくちゃとさせながら莉菜に近づく。


「誰?」

「今でも変わっていなければプロボクサー。高校1年生の時、友達に誘われてボクシングの試合を見にいったときに、木村さんがリングで闘っていた。その後、その友達が木村さんと話したいけど、1人だと心細いから一緒に来て欲しいと言われて、3人で2回ぐらい食事したけど、それだけ。」


莉菜がボクシングに興味があったのは初耳。

しかも、莉菜の友達が食事に誘ったような話しだけど、それにしては、あまりに品がない。


「この人は誰だ?」

「今、私が本気で付き合っている人。木村さんには、関係ないでしょう。」


木村さんは唾を吐きつけ、ボクシングのポーズをとり、私を威嚇する。


「なんかひ弱そうな感じだな。陰気臭いし。俺の方がいいだろう。どうだ、せっかく再会したのも何かの縁だから、俺と付き合おうぜ。」


木村さんは見下すように私に顔を近づけ、うせろと耳元でつぶやく。


「何言っているの? 木村さんは、女性達を水商売に売り飛ばしていたんでしょう。私の友達もトラブルになって、すごく苦労したと聞いたわ。陽翔は私にとっても優しくしてくれて、すてきな彼氏なの。あなたとは大違い。」

「男なんて、力の強さが一番重要だろう。この前まで付き合っていた女なんて、水商売で稼いだ金を俺に貢ぎ、それでも大好きだと俺にまとわり付いていたぞ。エッチも上手だと言ってな。でも、その女は、交通事故で死んじゃってな、寂しい日々を過ごしていた所なんだよ。」

「まだ、そんなことやっていたんだ。プロのボクサーなんでしょう。そんなことしていたら、ボクサーのプロ資格を剥奪されるわよ。」


莉菜が、こんなにどなる姿は初めて見た。


「そいつ、エッチなんてやったことがないんじゃないか。童貞か。しかも、俺が殴ったら悲鳴をあげて、莉菜を置いて逃げると思うぞ。莉菜、付き合うのは俺にしておけよ。」

「おまわりさん、この人が絡んできて困っているんです。助けてください。」


近くを通りかかった警官が、怪訝そうにこちらを見て、近寄ってくる。


「分かったよ。今日のところは、この辺で勘弁してやる。また来るからな。おい、おまえ、それまでに莉菜と別れておけよ。そうすれば、暴力は振るわないでやるから。」


莉菜は、私に謝り始めた。


「莉菜のせいじゃないだろう。」

「いえ、柄が悪いと知りながら、友達のお願いを断りきれずに木村さんと食事に行ってしまった私が悪いの。私の友達は、その後、キャバクラで働かせられて、学校にバレて退学になったのよ。お互いに世間知らずだった。特に女性にとっては、危険が身の回りにいっぱいあって、自分を守らなければならないことも学んだ。だから、少なくとも、もう、ボクシングには近づかないことにしたの。」

「逆に、僕が莉菜を守れなくてお詫びしないと。」

「そんなことはいいから、もう、あんなやつのこと忘れよう。」


莉菜は、いつもの笑顔に戻り、私にずっと話しかけていた。

でも、木村さんとは、これで終わらない。

最初に、莉菜が、夜道を歩いていると、誰かに監視されているようだと怖がり始める。


爆音が鳴る護身用警報器を持つ私が、毎日、莉菜を家まで送るようにする。

そのおかげもあり、現時点で特段の被害には繋がっていない。

でも、次の土曜日に会った莉菜の顔が曇る。


「何かあったの?」

「家の中で、小物とか動いた気がするの。私って几帳面でしょう。小物もきちんと、いつも同じ所に置いておくから、普通の人なら気づかなくても、私には分かる。」

「誰かが入ったのかもしれないね。秋葉原で盗聴器探査機とか買って、調べてみよう。」

「怖い。でも、そんなものがあるのなら、調べてみたい。」


私たちは、盗聴器探査機を買って、莉菜の家で調べてみる。

そうすると、盗聴器と隠しカメラを内蔵したコンセントが3つ見つかる。

電源を抜き、動かないことを確認して話しを始める。


「木村さんの仕業だね。警察に届けよう。」

「本当に怖い。木村さんが、次にどんな手を打ってくるか。」


警察では、事件性は認めたものの、しばらく見回りを強化するとだけ伝えられた。

木村さんを逮捕できないのかと強く抗議をしたけど、現段階では難しいらしい。

指紋は消されていて、部屋に監視カメラもなく、木村さんの犯行だと特定できないと言う。

ただ、莉菜の近辺の見回りを強化すれば通常は諦めるはずということだった。


3日後の夜、私たちが莉菜の家に向かって歩いている時だった。

木村さんが、私たちの前に、ナイフを持って立っている。

私は、莉菜が傷つかないように、莉菜の前に立つ。


「俺は警告したよな。お前は、死にたいんだな。そうなら希望どおり殺してやる。」


木村さんは私に向かって走り、ナイフを上から振り下げた。

そのナイフは、私の腕をかすり、血が滲む。

私は、その場で、腰を抜かし、地面に座り込んでしまった。


その時、警官が駆けつけ、木村さんを取り押さえる。

木村さんは暴れたけど、プロの警察官が2名で取り押さえることから逃れられなかった。

でも、警官が来なければ、ナイフが莉菜の顔を切り裂いていたかもしれない。


「ごめん、役に立てなくて。」

「そんなことない。立派に、私を守ってくれた。」

「莉菜を守ったのは、この警官達だよ。僕は、何もできずに腰を抜かしてしまった。」

「警官が守ってくれたのは、陽翔が時間稼ぎをしたからだよ。でも、傷は大丈夫?」

「かすり傷だから大丈夫。」

「陽翔は勇敢だった。私は、陽翔にいつも守ってもらっている。この前の盗聴器もそう。警察に抗議してくれたのもそう。いつも、陽翔に助けてもらっているんだよ。自信を持って。私の素敵な彼氏さん。」


木村さんは、現行犯で手錠をかけられ、パトカーの中に入れられる。

今から思うと、私たちは、警察のおとりにされていたのかもしれない。

ただ、これで、当面は、莉菜は安全だと思う。


でも、今回の私はあまりにみっともなかった。

これを契機に、私は剣道を始め、体力作りにも努める。

莉菜は、最初に自分の力で守らなければならない。


そして、この事件を経て、私たちの絆はより強まった。

お互いに、どんな時でも助け合い、一緒に過ごしていく覚悟が固まった。


また、警察とか、使えるものは何でも使うことを学んだ。

手段はどうでもよくて、目的は、莉菜を守ること。

今もそう。暴力団だって、莉菜を守るために使えるものは何でも使う。

私の将来が交換条件なら、そんなもの突き出す覚悟はできている。


女子高生の体になってしまったことなんて、どうでもいい。

今できることを、あらゆる手段を使って、やるだけ。莉菜を守るために。

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