5話 新宿御苑
4月になり、私は高校3年生として過ごしていた。
事件から2年半が経ち、最近では、女性の体で、女性として普通に暮らすのに慣れてきた。
話し方も、ごく普通の女子高生にしか見えないと思う。
この子の両親も喜んでいる。
事故直後は、私は暗く、自殺しちゃうんじゃないかと心配していたと。
でも、最近は、事故の前に戻り、明るい女子高生になったと言っている。
莉菜の心を自由に羽ばたかせる目処が立って、私の罪の意識は軽くなってきた。
それが、明るい雰囲気につながっているのは確かだと思う。
でも、私の未来は、暴力団に縛られたカゴに閉じ込められる鳥。明るい将来は見えない。
ただ、時間とともに、自分を偽り、周りに笑顔を見せることが上手くなった。
クラスメイトとも、仲良く話せる時間も増えている。
お昼休みには、みんなとお弁当を一緒に食べ、大笑いしている私がいる。
誰も、それが本心ではないということに気づくこともなく。
最近では、クラスでぶられたり、いじめられたりすることもない。
1年前は、私のやつれた心が、近寄りがたいオーラを放っていたのかもしれない。
クラスメイトも、あの頃は事故で心が病んでいたねと言っていた。
あの頃は本心を表に出しすぎていた。
いじめられていたと思っていたけど、原因は自分だったのかもしれない。
本心を隠し、万人に受けるように、偽りの仮面を被っていれば、目立たずに過ごせる。
周りから排斥される状態が続くのは、莉菜を心配させるので、よくない。
今年は、桜が咲くのが少し遅れている。
始業式の会場は、桜の花で埋め尽くされている。
一面、薄ピンク色の世界で、雪景色とは全く違う、暖かさに溢れている。
駅から学校の前まで、大通りがあって、そこは桜並木。
桜が、ずっと先まで埋め尽くしているなんて、本当に綺麗。
将来は灰色一色なのに、どうしてか、今の風景は、とってもカラフルに見える。
なぜなのかしら。女性って、色の感度は男性より高いのかもしれない。
莉菜が私にくれた最後の幸せなのかもしれない。
もう少しすると、桜の花は散ってしまう。
そんな儚さもあって、満開のこの景色はより美しく感じられる。
そうよく聞くけど、本当にそう思う。
だから、私は、今の時間を精一杯大切にする。
莉菜は、前よりは、ずっと笑顔が増えている。
今日は、莉菜の誕生日だから、莉菜を誘って新宿御苑に来てみた。
最近は暴力団の抗争も落ち着き、平穏な日々となっている。
新宿御苑の入口で莉菜の顔が見えたから、大きく手を振った。
「早く来てたのね。もう、そんなに大げさに手を振ったら、恥ずかしいじゃないの。」
「そんなこといいから、早く入ろうよ。」
莉菜は、可愛い妹をみるような目で、走る私に付いていく。
表立っては言わないけど、陽翔の復讐も終わり、清々しい気持ちなのが伝わる。
新宿御苑に入ると、目の前には満開の桜が咲き誇っていた。
「桜が綺麗ですね。なんか、莉菜さんが、桜の妖精に見える。」
「茶化さないでよ。私は、もう29歳よ。妖精だなんて。」
「そんなことないですよ。今日の白いワンピース、風にたなびいて、桜の妖精って、ぴったりだと思うんだけどな。」
「もう、他人が聞いたら、笑われちゃうから。」
新宿御苑で一面に咲き誇る桜で白の世界に包まれ幻想的な気分に浸る。
でも、遠くに高層ビルも見えて現実世界に戻される。
なんか不思議な気分だった。
莉菜は、よく立ち止まって、しゃがんで可愛い小さなお花を見ていた。
そんな、野の花にも声をかけるような可憐な莉菜が愛おしい。
莉菜が、野の花を見つめ、私に笑顔を向ける。
「この新宿御苑って、私にとって、とっても大切な所なの。」
「何なんですか?」
私は、何かを知っていてわざと聞く。
それが、また、莉菜の気持ちを奈落の底に落としてしまわないといい。
「ここで、陽翔にプロポーズされたの。あれは、今と全く違うけど、紅葉がとても綺麗な10月末だった。もみじが真っ赤やオレンジになり、陽の光を浴びて輝いていたわ。私は、写真をとって、飛び跳ねていた。あの頃は、純真だった。」
心配して、わざと紅葉の時期でなく春に連れてきたけど、莉菜の笑顔に曇りはない。
「ちょうど、ここだった。恥ずかしいんだけど、急に、私の周りの5人が次々と踊り始め、ミュージカルのように歌も歌って、私を讃え始めたの。そして、最後に、陽翔がひざま付き、私に婚約指輪を差し出し、結婚してくださいと言ってくれた。」
「素敵じゃないですか。」
「そんなプロポーズがあるのは聞いていたけど、陽翔は、そんなことをする人とは真逆の人だったし、びっくりしたわ。それで、周りの人達も、拍手をして、陽翔を応援していた。口を抑えていた手で、陽翔が差し出す婚約指輪を受け取り、右手を差し出し、よろしくお願いしますと伝えたの。本当に、あの時は、幸せの絶頂だった。」
私は、莉菜の喜ぶ姿を見たくて、いつも必死だった。
婚約指輪を渡した時の莉菜の笑顔は忘れられない。
今でも、最高の宝物。
でも、その数ヶ月後に私は死んだと伝えてもらう。
本当にひどいことをした私を悔やむ。
ただ、莉菜の表情から笑顔は聞いていない。
「そのすぐ後に、陽翔はこの世からいなくなってしまったけど、陽翔は、亡くなる前に、そんな幸せな時間を私にプレゼントしてくれたんだと、最近、思えるようになったの。これまで、ごめんなさいね、聖奈さん。私は、ずっと闇の中にいたけど、この野の花のように、新たな命を芽吹き、立ち直れたと思う。聖奈さんのおかげ。」
「いえ、私もずっと、莉菜さんに助けられてきた。一緒に、明るい未来に踏み出せそうですね。」
「本当に、聖奈さんと、この高校で出会えて、良かった。」
やっと、私の真っ黒な影から逃れることができたように見える。
悲しい気もするけど、莉菜にとっては、それがいい。
夕方には、新宿のレストランに行って、莉菜の29歳の誕生日をお祝いをした。
今日は、私のごちそうということで、安めのカジュアルなイタリアンに来ていた。
「あ~あ、なんか誕生日と言われても、嬉しいかっていうと微妙ね。アラサーだもの。若い聖奈さんが羨ましい。」
「そんなことないですよ。まだ、29歳って若いじゃないですか。大人のお姉さんっていうのも、かっこいいし。」
「そんなんじゃないわよ。でもね、この前、学校の宮本先生が、私に、一緒に飲みに行きませんかって声をかけてきたの。まだ、そんな気分じゃないから断ったけど、私のこと、気にかけてくれる男性もいるのね。」
「当たり前じゃないですか。莉菜さんは魅力的なんですから。そろそろ彼を作ることも考えないと。私に、男性と仲良くする方がいいなんて言う前に、自分から行動してくださいよ。」
宮本先生には莉菜はもったいないけど、男性を意識し始めたのはよい兆候。
きっと、私以外にも、莉菜だけを見守ってくれる男性がいるはず。
アラサーなんて、人生の中ではまだまだ若いから。
「聖奈さんも、何と言っていいか分からないけど、最近は、だいぶ心が穏やかになったみたいね。最初会ったころは、何を考えているのか分からないというか、少し、人から距離を置いていたみたいだけど、最近は、心を開き、誰とでも仲良くしているのが微笑ましい。」
「莉菜さんのおかげ。ありがとう。」
私が本心を隠し、ただ、明るく振る舞っていることに莉菜は気づいていない。
でも、それでいい。私は、もう幸せな人生を過ごすことは諦めた。
それよりも、莉菜を守り続け、莉菜を傷つけたことを償いたい。
そんな私の気持ちに気づくことなく、莉菜は話し続ける。
「私も、最近は、陽翔のこと、懐かしい過去と思えるようになった気がする。陽翔のこと考えていても、泣くことがなくなったし。」
そんな莉菜を見て、ホッとした気分になった。
ただ、過去の自分が忘れられていくことに少し寂しさも覚える。
でも、その方が莉菜にとっていい。あんなにやつれた莉菜はもう見たくない。
莉菜を過去の自分から送り出してあげないと。
宮本先生はお断りしたようだけど、きっと、素敵な彼が見つかるはず。
そんな気分になるためには、どうしたらいいのかしら。
私との時間を減らせば、寂しい時間を埋めるために、男性と付き合い始めるかも。
でも、私は、もう少し莉菜と一緒にいたい。許して。
莉菜の笑顔をずっと見ていたい。
私は死んだと伝えたのに、ずるいって思われてしまうことは分かっている。
だけど、莉菜の笑顔は私の心を豊かにしてくれる。
莉菜と別れたくない。
この気持ちは抑えられない。
だから、ずっと、莉菜を支えていきたい。
どうすればいいの。
最近は、莉菜はお酒を飲んでも、お酒に飲まれるようなことはなくなったように見える。
高層ビルの窓からは、新宿の高層ビル街が立ち並ぶ夜景が美しかった。
光が見える住宅の一つひとつの窓には、家族や、男女、友達が笑顔で暮らしている。
どうして、私と莉菜がそんな関係になれなかったのかしら。
暴力団の抗争事件が憎い。
心から愛する莉菜と私を引き裂いてしまった。
窓から見える高層ビルは、直線に立ち並び、凛々しく見えた。
その姿は、莉菜の気持ちが、透明になって、澄み渡るのを映し出しているよう。
これまでドロドロして濁っていた莉菜の気持ちが。
良かった。
悲しみも、時間が解決してくれるって本当なんだと思う。
でも、私の寂しさは、時間とともに深まり、癒される日は来ない。




