4話 抗争の帰結
日本各地で暴力団の抗争が激化していく。
最初は、仇討ちとして、笹山組の組員が田口組の組長を殺害することから始まった。
おそらく、その組員は、滝山組が工作したのだと思う。
それが血を血で洗う抗争へと発展していく。
暴力団事務所が爆破される事件が何度も起きて、大勢の組員が亡くなっていく。
滝山組が仕組んだのか、二つの組の内部で裏切りも出て、お互いに疑心暗鬼となる。
それを受けて二つの組は自滅に突き進んでいった。
警視庁はこの抗争を抑えようとしていると報道されているけど、何も成果は出ていない。
いかにも、この抗争を静観しているように見えた。共倒れになるように。
滝山組の組長が警視庁長官に手を回しているのだと思う。
基本は暴力団どうしの闘いで、市民は何もなければ平穏な日々を過ごしている。
不思議と市民はほとんど巻き込まれず、あくまでも暴力団どうしの争いに閉じていた。
警視庁は、自分達の成果だとアピールするものの、あの組長が仕掛けているのだと思う。
この騒動が終わり、自分達の支配が確立した後、玄人と素人とは別の世界だと言うために。
それでも、10人ぐらいの市民は巻き添えとなり死亡した。
莉菜を守るために、それぐらいは、やむを得ない犠牲だと思う。
次々と幹部が殺害される中で、若手組員が無秩序に殺し合う事態となる。
最初は東京、兵庫を中心とした抗争が、各地に拡大していく。
池袋の事件を引き起こした暴力団組員達が抗争を繰り返し、自滅していく。
しかも、この事件をきっかけに、莉菜が襲われることもなくなる。
莉菜は、私には何も話さなかったけど、このことを喜んでいるように見えた。
ネット記事をスマホで見て、何やら微笑んでいるのを見たことがあるから。
陽翔の復讐ができたと考えていたのだと思う。
莉菜はそんな俗世のことなんて気にしてはいけない。清らかに生きていく人であるべき。
だから、心を穏やかに過ごすために、事件には触れずに、TV等はみないように伝える。
そもそも、落ち込んでいる莉菜は、外からの情報をできるかぎり遮断しているから大丈夫。
私が、莉菜が暴力団に復讐しようとしていることを知っているなんて思っていない。
だから、自分が暴力団と関係があることは私には全く話さない。
話せば、私にも暴力団からの攻撃が降りかかると恐れていたのかもしれない。
莉菜が安全であれば、それでいい。私も知らないふりを続ける。
私だけが、考えていることのすれ違いを知っている。
莉菜は、そんなゲスなことは知らずに、平穏に過ごすのが1番いい。
私は、その後も、ディズニーシー等に頻繁に連れ出していた。
心の揺れがあれば、すぐに分かるように。
私が連れていった場所では、大きな事件は幸いにも起きていない。
そのせいもあって、莉菜は、日に日に、池袋の事件を忘れていったように見える。
抗争の過程で、2つの暴力団からは私も関与していると疑われたのだと思う。
そもそも、組員を攻撃したことはもう知っているはず。
しかも、剣道に精通しているとの情報も入っているから拳銃で狙われるかもしれない。
想像していたとおり、自宅近くを歩いていると、一人の男性が目の前に現れる。
拳銃を持つ手は震えている。私を殺す覚悟ができているようには見えない。
私は、その男性を睨みつけ、次の瞬間、カバンから警棒を取り出して走り寄る。
こんな日もあろうかと、靴はいつもスニーカーを履いている。
走りやすいように、制服のスカートは短くしている。
ただ、ひたすら目の前の男性の目を睨み、身をかがめ、激風のように突進した。
この命は、いつ失ってもいい。
目の前の男性は、恐怖のあまり拳銃を放り投げ、悲鳴をあげて逃げ出していく。
その直後に1発の銃声がなり、私を狙っていた組員は倒れた。
この組員は、一瞬のためらいが命を奪うことを学ぶのが遅かった。
私が死にかけた池袋のような修羅場を経験せず、覚悟もなかったのだと思う。
でも、その時、滝山組の組長が、私を護衛しているのだと初めて知る。
銃口に全くたじろぐことのない私をみて、滝山組の組長から拍手のメッセージが届く。
いつでも、私を見ているという意味もあると感じた。逃げることはできないぞと。
私は、それにお礼だけを返しておく。
一方、男性だった頃の両親は、広島に転勤になっていて、抗争に巻き込まれて亡くなる。
10人のうちの2人だった。私の親だと知っての結果なのかは分からない。
この子の両親は、何も言わなかったけど、私を独占できると安堵しているようにも見えた。
そして、半年が経ったころ、日本の暴力団は全て滝山組の傘下におさまる。
表上は、この抗争には滝山組は全く関与しておらず、漁夫の利だと報道されていた。
そして、警視庁の発表では、他の2つの組員は全て殺害されたと言う。
さらに、警視庁は、温厚な滝山組と連携して、日本の暴力団を再編成すると発表する。
滝山組は、素人には手を出さずに、はぐれ者を抱え込んでいくと言っていた。
笑いが止まらない組長の姿が目に浮かぶ。
実際には、日本は何も変わっていない。
警視庁と滝山組が日本の暴力団組員を統率し、弱い者からお金を吸い上げていく。
政治家と暴力団が手を組み、甘い汁を吸い続ける。
これからも、組員のいざこざは続くのだと思う。
でも、これで、もう莉菜に危害を加える人はこの世から消えた。
私が滝山組に入れば、組長は莉菜に手を出さない。
組長の紹介で警視庁長官とも面会した。
重厚な絨毯が敷き詰められた長官室に組長と一緒に入る。
長官は、あなたがと一言しゃべり、私をじっと見つめていた。
そして、私に警察に入らないかと誘ったけど、組長が自分の会社に内定済みと断る。
もう、私に選択権はない。
でも、長官は、賄賂は隠蔽されたので、莉菜のことは忘れると言ってくれる。
組長は、私が賄賂の件を知っていると、長官に意図的に伝えたのだと思う。
将来、私を利用して警察に捕まっても、裏で逃がせるようにと。
帰りにバスに乗り、椅子に座る。
それから大勢の人が乗り、降りていった。
仕事に追われ疲労するおじさん。徹夜をしたのかもしれない。
子供の世話で疲れ切ったお母さん。自分の時間は、1年で1分もないのかもしれない。
みんな今に限界を感じながらも、ひたすら生きている。
私も、人生に絶望しながらも、ずっと走り続けてきた。
そんなことを考えているうちに睡魔に襲われる。
ここはどこだろう?
ひたすら泥水の水面が広がる沼地。
いつのまにか昔の陽翔の姿に戻っている。
これまでのことは夢だったのかしら。
泥水から、あの女子高生が浮かび上がり、私に覆いかぶさった。
無言だけど、自分の体を返せと言わんばかりに。
これまで固かった泥水の底が柔らかくなり、立っていられない。
足を抜こうとしても、逆に、泥がまとわりつく。
周りに掴むものは何もない。
体がどんどん泥水に沈んでいく。
泥水はもう口の際まで来て、口の中に泥が入り始める。
息ができない。私はここで死んでしまうのかしら。
もう諦めた方が楽になれる。
これからの人生に何も希望はない。
いえ、莉菜を守るんじゃなかったの。ここでは死ねないでしょう。
上を見上げると漆黒の闇が広がる。
でも、空に莉奈の笑顔が一瞬見えた。
そう、これからも莉奈を守り続けないと。
私は息ができずに泥水の中をもがく。
その時、おばあさんの声が聞こえた。
私の肩を叩いている。
「お嬢さん、大丈夫? だいぶ、うなされていたけど。」
「大丈夫です。ご心配をおかけして、申し訳ありません。」
私のことはどうでもいい。莉菜に救ってもらった命だから。
私は、どんなに汚れてしまっても、莉菜のことだけを守ることができればいい。
次の停留所で、バスのステップを踏み締めて道路に降り、大勢を乗せたバスを見送った。




