3話 神宮前再び
昭和記念公園に行ったあと、神宮前に行く約束をしたことも思い出す。
神宮前にも、莉菜との思い出がたくさんある。
ここで過ごした後、初めて一夜を過ごした。
私も、莉菜も、異性と一緒にホテルで一夜を過ごすのは、その時が初めてだった。
莉菜と出会って、時間が経っていたけど、そこまでの勇気はなかった。
莉菜も、不安だったのかもしれない。その日が来たことを喜んでいるようだった。
レストランを出た後、私は、今夜は一緒に過ごしたいと伝える。
莉菜は何も言わずにうなづき、手を握ったままホテルに一緒に入っていった。
お風呂から上がって寝巻きを着る莉菜は、長い髪の毛をドライヤーで乾かす。
「すっぴんを見られると恥ずかしいから、そんなに見ないでよ。」
「莉菜は、どんな姿でも、とびっきりかわいいよ。」
はにかむ莉菜を見るのが嬉しかった。
買ってきたシャンパンを飲み直し、莉菜はずっと笑って話し続けていた。
沈黙になるのが怖いとでも言うように。
1時間ぐらい経っても話し続けても、莉菜は疲れた様子はない。
むしろ、更に明るい様子で私にタッチとかを続ける。
そんな莉菜が可愛すぎて、私は、莉菜の口に自分の口を重ねた。
莉菜は目を閉じ、私の背中に手を回す。
そして、抱きしめてベッドまで運び、体を重ねた。
朝、起きた時も莉菜が横にいるのを見て幸せに包まれる。
「おはよう。陽翔が横にいる。ずっと、こうしていたいな。」
「チェックアウトは10時だよ。」
「そういうこと話しているんじゃないけど。気分が台無し。」
「ごめん、ごめん。そうじゃなくて、昨日行った外苑前の銀杏並木の横にカフェがあったじゃないか。7時ぐらいにここを出て、そこで朝ごはんを食べよう。」
「いいわね。朝日を浴びた銀杏の下で、朝ごはんなんておしゃれ。やっぱり、陽翔は私の大切な人。」
「莉菜がずっと笑顔でいられるように、僕は莉菜に何でもするよ。」
「約束よ。ずっとだからね。」
吐く息が白くなる寒い朝、私たちは、さっき話していたカフェに来ていた。
銀杏が一面黄色く染める場所で、フレンチトーストをいただく。
莉菜は幸せそうに私を見上げ、昨晩とは真逆に微笑むだけで何も話さない。
でも、何も話さなくても、私への気持ちは伝わってくる。
湯気が立ち上るコーヒーを飲み干し、私たちは、カフェを後にした。
莉菜が私の手を握る。
「別れたくない。行かないで。」
「僕も同じ気持ちだけど、今日は、どうしてもバイトに行かないと、先輩に迷惑をかけてしまう。莉菜も、教員免許をとるために、大学で重要な授業があると言っていただろう。」
「そうだけど。」
泣きそうな莉菜を抱きしめ、耳元で囁く。
「今日は、僕の部屋で過ごそう。」
莉菜は手を叩いて飛び上がる。
「そうしたい。授業が終わったら、陽翔の家の近くのファミレスで待っている。遅くなってもいいから迎えに来て。」
「そうする。そんなに遅くならないように頑張るよ。」
「待っているわ。」
それから、私たちは、今まで以上に心と体を寄せ合い、親密になっていった。
目の前の銀杏並木を見て、昔の記憶が鮮明に蘇る。
でも、莉菜の姿はボロ雑巾のように変わり果て、昔の面影はない。
ただ、着ている服だけが清潔感を放つ。
そんな莉菜を何としても守り、昔のような姿にしないと。
最近は、莉菜の周りで不審者はいない。
というより、莉菜がライフルで狙われた事件以降、莉菜にはボディーガードがついている。
待っていた莉菜と神宮前で会うと、物陰に男性が控え、私に目で挨拶をする。
莉菜は、最近、襲われることはないけど、殺気に満ちた目線を感じると不思議がっていた。
大丈夫。それは、莉菜を守っているボディーガードだから。
でも、莉菜が初めて一夜を過ごした男性の私は、もうこの世にはいない。
カフェの窓に映るのは、ロングスカートを履き、もふもふしたセーターを羽織る女子高生。
私には、どこにも明るい未来が見えず、莉菜と銀杏並木を歩いていった。




