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純愛  作者: 一宮 沙耶
第1章 秘密

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9話 横浜

クリスマスイブに、莉菜と一緒に横浜に来ていた。

あの事件から2年が経っている。

莉菜が今付けているネックレスを、2年前のこの日に私がプレゼントするはずだった。


このネックレスをずっと付けて、これからも私を想っていて欲しい。

でも、ネックレスを外して、莉菜の気持ちが自由になって欲しいという気持ちもある。

私の心は、常に、この両極端を行ったり来たりしている。


馬車道駅からしばらく歩くと、赤レンガ倉庫に向けて光を纏った街路樹が一直線に伸びる。

クリスマスのイルミネーションはとっても素敵。


莉菜の顔を見ると、周りの光を浴びて輝いている。

最近は、顔の艶も昔に近づいてきている気がする。


寒いけど、道を歩く恋人達の気持ちは暖かそう。

女性になってみるこの光景は、神聖というか幻想的。


星の中に2人だけが浮いているよう。

大きな宇宙に2人だけが迷い込むけど、星が、明るい光で正面に誘導しているような。

莉菜の明るい未来が、この先にあるんじゃないかと思えた。


はく息が白くなり、澄みきった空気が心を清らかにしてくれる。

私は冬のこの神聖な雰囲気が大好き。

穢れがなく、頭もクリアになれる。


でも、私は、こんな体になってしまった。

莉菜のことを思い続けているのが女性だなんて、神聖といえる資格はない。


寒い寒いと言っていたら、莉菜は手を握って、ポケットに私の手を入れてくれた。

鈴木という男性との出会いから、莉菜は前よりもずっと私を労ってくれている。

私も、もっと莉菜を守らなければとの気持ちを強くする。


ふと手に気持ちを移すと、手も温かかったけど、気持ちも温かくなる自分がいた。

ずっと、この時間が続いて欲しい。


赤レンガ倉庫に着くと、壁はライトアップされている。

暗やみの中で光る赤いレンガは横浜の長い歴史を感じさせてくれる。


莉菜と私は、レンガ倉庫の中で、青色のガラス製品を見て回った。

そして、2号館のジュエリーで、莉菜は、私をとびっきりの笑顔で見つめている。


「聖奈さん、このイヤリング似合うと思うんだけど、付けてみて。」


昔のように無邪気に微笑む莉菜がすぐ目の前にいる。

私のことを女子高生と疑わない様子で。


「イヤリング、あまりしたことないし。落とさないかな。」

「大丈夫だから。ほら、やっぱり似合う。聖奈さんは、もっとお洒落すればいいのよ。これ、私が買ってあげる。」

「高いでしょう。」

「若い子は遠慮しないの。私からのクリスマスプレゼント。」


クリスマスプレゼント。懐かしい響き。

莉菜の首元が目に入り、ネックレスを買って莉菜が喜ぶ顔を想像していた時を思い出す。

あの時から、私の人生は激変してしまった。


でも、関係性は変わっても、莉菜とまたこんなに親密な関係に戻れている。

ただ、それは私がついた嘘があってこそ。莉菜を騙している私は、本当にひどい人。

この嘘は、墓場まで持っていかなければならない。

私は、何もないように会話を続ける。


「私も買わないと。」

「じゃあ、私、さっき通った蜂蜜屋さんで、蜂蜜が欲しいかな。」

「そんな安物でいいんですか?」

「聖奈さん、知らないんでしょう。杉養蜂園の蜂蜜って高いのよ。果汁入り蜂蜜をヨーグルトの上にかけて朝にいただいたら、とってもおしゃれだと思う。欲しいな。」


莉菜が明るい食卓で、おしゃれな朝食をとっている姿が目に浮かぶ。

そう、莉菜はそういう姿が相応しい。ずっと、そういう幸せな日々を過ごしてもらいたい。

でも、本当は、私が、その横にいたはずなのに。

そんなことを考えると、また顔が曇り、莉菜を心配させるから自分の気持ちを隠す。


「莉菜さんが、それがいいというのなら。」

「さあ、買いに行こう。」


周りから見ると、仲のいい姉妹に見えていたかもしれない。

こんな莉菜の様子だけを見ていれば、付き合っていた頃の姿に最近は戻っていた。

天真爛漫でみんなへの優しさに溢れる莉菜。


莉菜は行きたいレストランがあるという。

すぐだからといい、タクシーに乗り込んだ。

そして、ドライバーに行き先は中華街と告げる。


「クリスマスイブを中華街で過ごすなんて笑っちゃうでしょう。でも、クリスマスイブの日には中華街は混んでないし、安かったりもして、お得なのよ。この時期にフレンチに行くと、まず予約なしに入れないし、限定メニューとかでいつもの2倍ぐらいの値段するでしょう。」

「そうですね。お腹すいてきた。」

「今日は、聖奈さんを連れてきたいお店があるの。」


私は、あの店に違いないとすぐに思った。

中華街の入口でタクシーを降り、莉菜は歩き始める。

そして、立ち止まった所は、2年前のクリスマスイブに一緒に来るはずだったお店。


この店にまっすぐ来た莉菜を見て、あの事件の後、この店に来ているのだと感じた。

もしかしたら、僕の予約をキャンセルせずに、一人でこの店に来ていたのかもしれない。

僕の死を信じられずに、死んだはずの私とクリスマスイブを過ごしたのかもしれない。


やっぱり、莉菜はまだ昔の私との思い出の中で生きている。

嬉しくもあり、何とか解放してあげたいという気持ちが胸を締め付ける。


いつも大行列だと評判のこのお店は今日は空いていた。

店内に入ると、すぐにテーブル席に通される。


「そうね。点心セットとか美味しそうじゃない。食べてみる。」

「莉菜さんが食べたいものを食べたいな。それと、この5色の小籠包、食べてみたい。きれいだし、おいしそう。」

「じゃあ、それと、蒸し餃子とか、シュウマイとか、私が適当なもの頼んでおくね。」


私は、莉菜を悲しませることになるとは思いつつ、昔の思い出を莉菜から聞きたかった。


「もしかしたら、この横浜でも彼との思い出があるとか。」

「よく分かったわね。彼は11月に私にプロポーズをしてくれて、その後に初めて訪れるクリスマスイブを、このお店で一緒に過ごそうと約束していた。いくらお得だと言っても、クリスマスイブはフレンチと思っていたから、笑っちゃったわ。」

「いえ、お得なんですから、いいじゃないですか。」

「でも、彼と一緒に過ごすクリスマスイブは、もう来なかった。あんな事故に巻き込まれてしまって。」


莉菜の顔からは表情が消える。

でも、すぐに笑顔が戻り、私に声をかける。


「お料理が来たわ。暖かいうちに食べましょう。」

「美味しそうですね。」

「そうじゃなくて、美味しいのよ。」

「ところで、今更ですけど、彼のどこがよくて、プロポーズを受けたんですか。」


莉菜と付き合っているときに、そんなことは聞きたくても聞けなかった。

また、莉菜の顔から表情が消えるのではないかと言う不安もあった。

でも、今更に、知っておきたいという気持ちで聞いてしまう。


「陽翔と一緒にいると、楽というか、自然な私でいられるのよね。結婚って、そうじゃないともたないじゃない。これまでも男性とは何人かと付き合ったこともあるけど、何となく、いつも私が背伸びしているようで、疲れちゃっていたの。でも、陽翔は、何でも、ありのままの私でいいよって言ってくれた。もう、そんな人、いないかもしれないわね。」


そうだったんだ。私は、ただひたすら莉菜のことしか考えられなかっただけなのに。

莉菜がとっても幸せだったのであれば、それはいい。

ただ、そんな大事な人を私は莉菜から奪ってしまった。


「とっても、素敵な人だったんですね。でも、私には、分からないけど、まだ莉菜さんの人生は長いんだから、そろそろ別の人を好きになった方がいいんじゃないですか。」

「そうかな。また暗い話になっちゃったわね。」

「そんなことない。莉菜さんは、最近、とっても華やかな感じです。とっても素敵ですよ。」

「聖奈さんは、いつも私のことを褒めてくれるわね。そんなこと言ってくれる人、聖奈さんだけ。だからというわけじゃないけど、聖奈さんには幸せになってもらいたい。この前の鈴木さんのことなんて忘れてしまいましょう。あんなやつ、スワイプして聖奈さんの記憶から消してしまえばいいのよ。こんな風に。」


莉菜は、笑顔で、人差し指を右下から左上に風を切るように流す。


「これから、楽しい人生が待っているって。若いって羨ましいわね。お料理も来たようだし、食べようか。」

「はい。」


莉菜は、紹興酒を呑みながら、笑顔で食べている。

やっと、急に涙が流れるような情緒不安定な状況は脱したように見える。

ふと、私を見上げ、話し始めた。


「そういえば、この前、家まで送ってくれたんだよね。本当に、最近、お酒に弱くなっちゃって、ダメよね。おばさんになってしまったからかしら。でも、9月から聖奈さんと一緒に、いろんな所に出かけて、本当に気持ちが軽くなったというか、落ち着いてきた。本当に、ありがとう。」

「いえいえ、私も楽しんでますから。これまで、海外とかには行ったけど、日本では住んでる所からあまり出なかったから、この横浜とか、江ノ島とか、外苑前とかに行けて、本当に楽しいですよ。この前のディズニーシーも楽しかったです。」

「なんか、聖奈さんと一緒だと安心できるの。どうしてかな。聖奈さんからみると、こんなおばさんとと思うだろうけど、これからも付き合ってね。」

「おばさんなんて、そんなことない。せめてお姉さんですよ。ところで、なんか雪降りそうだけど、大丈夫かしら。」

「そうなったら、その時でしょ。今を楽しみましょうよ。」


1時間程経ち、窓から外を見ると雪がひどく降り始めている。

道路には、あっという間に15cmぐらい積もっているのが見えた。

電車も止まったと店内のテレビでニュースが流れる。


「莉菜さん、雪で電車止まっちゃったって。どうしよう。」

「この辺のホテルに明日まで泊まるしかないわね。みんなが予約していっぱいになる前にホテルを予約しないと。聖奈さんは、親御さんに連絡して、今日は雪で友達と泊まるって許可をもらっておいて。」

「分かりました。では、ホテルを見つけるの、よろしくお願いします。」


莉菜は、この事態に、大人らしくテキパキと動き始めた。

こういうこともできるぐらい、気持ちも回復したのは良かった。


「ここから5分ぐらいの所にあるクラシカルなホテルが予約できたから、行こう。親御さんもOKだったわよね。」

「もちろんです。行きましょう。」


莉菜は部屋で飲み直したそうで、コンビニで缶酎ハイを3本買っていた。

ホテルの部屋に二人で入る。


「寒いわよね。先に、シャワー浴びてきたら。温まるから。」

「先にいいんですか?」

「もちろんよ。私は、飲んでるから。」

「じゃあ、お先に。エアコン、付けときますね。」

「ありがとう。じゃあ、待ってるからね。」


シャワーを浴びて出ると、莉菜は、お酒に飲まれた様子だった。

まだ莉菜の気持ちは完全には回復していない。

ソファーで目を涙いっぱいにして寝ている。


流石に、寝ちゃうと重くて、お風呂に連れて行けそうにない。

だから、上着と、服を脱がせ、下着だけにしてベットに寝かせた。

そして、厚い布団をかける。


莉菜、謝っても許してもらえないと思うけど、ごめん。

私が事故に遭ったばかりに、こんなに悲しい思いをさせてしまって。

私も下着姿になって、莉菜の布団に入る。


私の今の体じゃあ、莉菜を抱きしめ、幸せで包み込んであげられない。

でも、目の前にある莉菜の顔を見ていると、愛おしくなって後ろから抱きしめた。

暖かい。そう、莉菜が寝ると、いつもこうして寝顔を見ていた。


でも、朝起きて、女性と寝ていたと思ったら嫌われるかもしれない。

だから、ずっと一緒にいたかったけど、私は、横のベットに入って寝ることにした。

誰もいなかったベットは、とっても冷たい。


朝日が窓からこぼれて、目が覚めると、莉菜が横にいた。

私からずれた布団をかけ直してくれている。


「おはよう。起こしちゃったかな。でも、私、昨日も酔って寝ちゃったのね。服を脱いだ記憶はないけど、自分でベットに入ったみたい。いつも、恥ずかしいところを見せちゃってごめんなさい。」

「いえ、そんなことないですよ。私、シャワー浴びてすぐ寝ちゃったから、その後に、莉菜さんは自分で寝たんじゃないかな。でも、今日は昨日と違って、とってもいい天気ですね。雪、とってもキラキラ、陽の光を反射して綺麗だけど、すぐに溶けて電車も動くかも。」

「そうね。今はとても綺麗だけど、溶けると泥だらけになるから、早く出ようか。」

「はい。でも、もう少し、この綺麗な風景を見てましょうよ。」


真っ白な雪が、横浜の街の汚いものを全て消してくれている。

窓から差し込む暖かい陽の光を受け、2人はキャミソール姿のまま、ずっと外を見ていた。

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