火を消そうとする事が出来る者達
これは転生者『矢嶋啓治』の物語の続きである。矢嶋が高校三年生の時、クリスマスが差し迫った時の事であった。矢嶋は中高時代を特技の柔道に打ち込んだ結果...90㎏級でインターハイ三連覇を成し遂げる事に成功していた。そして、有名な体育大学の推薦を貰う事に成功した大学受験から解放された事でアルバイトに精を出していたのである。矢嶋青年がそれなりに充実した日々を過ごしていた頃...久し振りに家族全員で夕飯を食べていた時、TVのニュースから聞き覚えのある名前が聞こえて来た。
『今日未明......S県O町の郊外に住む一家全員が惨殺されているのが発見されました。被害者は岩城洋二さん(48)、岩城寛子さん(45)、岩城陽介さん(18)、岩城良子さん(75)の4人です。岩城さんご一家は近隣住人の少ない場所に住んでおり、郵便配達員の男性が異臭に気付いて通報した事で遺体が発見されたとの事です』
「岩城陽介?......あぁ、あの岩城か!」
「うん......どうした?啓治?」
「あっ......もしかして!あの岩城さん!?あんたが小学生の時、女の子へのイジメを止めようとして、皆に●●●●さんの事を暴露した!!」
「あぁ!あの胸糞悪い事件の“犯人”の弟か!S県か......こんな所まで逃げていたのか?」
「......(アイツが殺ったんだな......すっかり忘れてた)」
「一家皆殺しって......もしかして...」
「おいおい!ドラマの見過ぎだろ?偶然だよ!偶然!」
「そうよね......でも、結局、言わなかったわね?あの事件の事を...」
「あぁ、法的には加害者家族じゃないからな......気分の悪い話だが」
「でもさぁ......せめて殺人事件の被害者家族とか言ってくれないかしら?●●●●さんの名前を出してくれれば...皆、後でネットで調べるんだから」
「殺人を肯定するのが...コンプラ的にヤバいんじゃないの?それに......●●●●さん達の遺族だってまだ生きてるだろ?」
「それもそうね...罪も無い人に余計な迷惑が掛かるのはねぇ」
「......(これから...何人も殺されるんだろうな...まぁ、悪いのは死んだ外道共だし、天災みてぇなモンだろ)」
岩城一家を皆殺ししただろう犯人=矢嶋の前世で発行されていたライトノベル『忠犬転生』の主人公は犬という動物から魔獣へと転生した存在である。なので、彼に人間の論理や法律なんてのを押し付けるのはナンセンスだと矢嶋は思っていた。人間には人間の論理があり、犬には犬の論理があるのである。薄情であるのは承知の上で矢嶋は見ず知らずの人間相手に悼む気持ちなんて少ししか持ち併せていなかった。ましてや...忠犬転生の読んだ限りは犯人共の身内にも強く同情を誘う人間はいなかった。例え......善人がいても無理に探そうとする様なお人好しではない。
「......(岩城...地獄に行っても...お前の伯父のゲス野郎はいねぇが...精々...奴を怨めや)」
誰かを自分から助けない...恩すら返せない偽善者は誰にも助けて貰えなくなるのが世の中の正しい光景だと矢嶋は小気味良い気分になりながら内心で付け加えたのであった。現にエピローグ通りなら岩城一家が殺されている時の岩城家の庭辺りに『忠犬転生』の主人公を止める事が出来る存在(同作者の別作品の主人公)が居合わせていたのだから
「ぎゃぁぁぁあああ!!」
「うぎゃぁぁぁあああ!!」
「ああ...助けてぇ......洋介......!!」
数日前の岩城家の中で惨劇が行われていた......先ず、帰宅した洋二が喉元を食い破られた後......逃げようとした妻の背中が鋭い爪で斬り裂かれたのである!そして、居間の襖を背に震えている洋介の眼前で非常に大きな身体をした黒く硬そうな体毛をした犬が洋介の祖母を足蹴にしていた。祖母は孫へと助けを求めており、そんな祖母を眼前にして洋介は震えていた。ズボンが湿っており、異臭もしている。黒犬は洋介の祖母を地獄の炎みたいな瞳で見ると彼女のうなじに噛み付いたのであった!!
「ぎゃあぁあああ!!」
祖母は悲鳴をあげて倒れた。その目は虚空を見詰めており、洋介を見つめている様であった。
「助けてぇ!お願い……洋二ィィィ!!洋介ぃいいい!!」
祖母は愛した息子と孫に助けを求めるが……1人は瀕死で動けず、1人は恐怖で動けないでいる。黒犬はそんな2人を一瞥すると再び祖母の喉へと噛み付いたのである!そして、そのまま首を食いちぎり、胴体を凄まじい力で何度も踏み潰した!それは岩城勝也という産業廃棄物の様な社会のゴミを生み出した怨みを晴らすかのように!!
「ぎゃぁぁああ!!」
祖母の断末魔が響き、その身体は血塗れとなって事切れたのであった。そして、黒犬は洋介の方へと向き直る!
「ひっ……ひぃいいい!!助けてぇえええ!!!」
洋介は逃げようとしたのだが……恐怖で足が動かない。黒犬は一歩、また一歩と近付いて来る!
「嫌だぁ!死にたくない!死にたくないぃい!」
洋介が泣き叫ぶ中、黒犬は臆病者の眼前までやって来た。そして、その黒い牙が洋介の右手首を襲ったのである!!
「うぎゃあぁあああ!!腕がぁあああ!!」
洋介の絶叫が木霊する中、黒犬は反対側の腕にも食らいつくと臆病者の腕を食い千切ったのである!血飛沫が天井へと降り注ぎ、洋介は両腕を失う重傷を負わされたのだ!
「痛ぇえええ!痛いよぉおおおお!!」
そのあまりの激痛に洋介は床の上でのたうち回り、口から大量の血が噴き出した。だが、黒犬はそんな瀕死の青年を相手に前足を振り下ろしたのであった!!
「ぎぃえええ!!」
洋介の悲鳴が部屋中に響いた。黒犬の前足が横っ腹に突き刺さり、脇腹を切り裂き……腸が飛び出していたのである!黒犬は更にその黒い爪で胸の辺りに切り裂いた!!肋骨をも斬り裂かれた洋介は血反吐を吐きながら弱った呻き声をあげた!!
「た……助け……」
そんな命乞いに耳を貸す黒犬ではない。それは解っていても藁にも縋る思いで助けを求めてジタバタする愚か者の頭をゆっくりと噛み砕いたのであった!!
「ぎゃぁあああ!!頭が……潰れるぅううう!!」
頭蓋骨を砕かれた洋介は生き絶えたのである!頭を潰されて、仰向けに倒れている遺体が血塗れになり、血まみれとなっている。その頭には黒犬の前足が深く突き刺さっていた。岩城勝也という社会に害を為す人間の“仲間”への復讐は果たされたのである。だが、それはまだ終わりではない!黒犬は他の岩城勝也の共犯者達と同じ臭いを持った者達を狩る為、その場を後にする事にした。外で待っている相棒と共に
「矢嶋君!おはよう!」
「西塔さん、おはよう」
岩城一家が“忠犬転生”の主人公によって皆殺しにされてから数日後の日曜日......矢嶋は朝からアルバイトをしていた。仕事は運送会社での仕分け作業である。彼が休憩室にいたらバイト仲間で矢嶋とは別の学校に通っている女子高生『西塔梨衣』が入って来た。彼女も高校三年生であり、既に進学先が決まっている事からそれまでの余暇をアルバイトに注いでいるのである。黒髪ショートヘアで可愛らしい顔立ちとほっそりとした肢体をした美少女であった。聞いた話によると...父親が既に60代後半な上、母親がいない父子家庭なので家計を助ける為、高校からアルバイトをしている孝行娘との事である。彼女と挨拶を交わし合った矢嶋はスマホ画面に視線を戻すと......見覚えのある名前が目に入った。
「芳田澄子?」
「えっ?」
少し声が大きかったみたいであり、西塔さんも矢嶋の方を向いている。彼が読み進めると......「11月●●日未明...Y県S市の駅前で芳田澄子(60)が歩いていたら突然発火したと思ったら...そのまま苦しんだ末に絶命してしまった。目撃者によると......“黒い炎”が前方を歩いていた芳田澄子さんの身体を突然、覆ったと思ったら泣き喚く彼女の身体を消し炭へと変えてしまったと述べています」という事が書かれていた。この記事と芳田澄子という名前に既視感のあった矢嶋は少し記憶を探ってみると......思い出したのであった。
「あぁ......芳田賢一の母親か!」
それは......“忠犬転生”の登場人物で主人公の飼い主を襲った強姦魔達の1人であるチンピラ『芳田賢一』の母親であった。芳田賢一は成績優秀だった事から母親である澄子が周囲にマウンティングする為の道具として甘やかされた結果...自我が増大してしまい、自分よりも成績が劣る同年代の従妹相手に同級生を唆して強姦未遂事件を起こしてしまう。身内から犯罪者を出す事を恐れた被害者の父親が示談に応じた事と賢一が共犯者である同級生達に責任転嫁した事から奴だけは罪を逃れたが......後日に同級生達から裏切りを責められて逆上し、彼等に大怪我を負わせてしまう。その結果......賢一は少年院行きになると同時に父親から奴を甘やかしていた母親と一緒に捨てられてしまう。そして、自分に甘い澄子は周囲からの白眼視に耐え切れず、少年院にいる息子を捨てる形で地元を出奔して移住先で再就職先の上司と再婚して娘を出産する。だが、出所した賢一はそれを知り、澄子をボコボコにした後、彼女の眼前から姿を消したのであった。
「ねぇ...矢嶋君?」
「えっ......何?」
「今......芳田賢一って言ってたけど、誰?有名な人なの?」
「あぁ、このニュースの殺された芳田澄子って人の息子だよ......既に死んでいるけど、どうしたの?」
「うん......このニュースで死んだ人...もしかしたら、お父さんの知り合いかも知れないの」
「そうなの?」
「うん、だから、気になっちゃって」
「ふ~ん......言っておくけど、あまりいい話じゃないよ?特に女の人には...」
「構わないよ......私ももう大人だし」
「じゃあさ...スマホで●●●●、歌手って検索してみて?」
矢嶋はスマホで過去に人気歌手が婚約者を輪姦された挙句に自殺に追い遣られた事で半グレ集団を相打ちになった事件のまとめ記事を西塔さんに見せたのであった。女子高生は事件の凄惨さと外道達に人生を狂わされた人気歌手とその婚約者の末路を見て沈痛な表情を浮かべている。矢嶋にそんな彼女に補足説明をし始める。
「......酷い......」
「芳田賢一っていうのは......その事件で脅迫した相手から反撃を受けて殺された連中の1人だよ」
「......じゃあ、焼け死んだ芳田澄子さんは?」
「あぁ、賢一の母親だよ......もう削除されているけど、賢一の大まかな家庭環境が掲載されたネット記事が有ったんだ...その記事に奴から絶縁されるまでの澄子の経歴が載っていたんだよ」
矢嶋は賢一と澄子がどういう親子だったのかを西塔さんに説明し始める。賢一には異父妹がおり、奴が出所して澄子の元を来訪した事で夫に賢一の存在と奴が犯した罪がバレ、娘の将来を案じる夫から離婚された事が書かれていた事も説明している。ちなみに奴等の個人情報が記載された記事というのは嘘で原作知識である。
「実際の芳田澄子に会った事は無いけど......あの記事を読んだ限りじゃ同情出来ない人だったね......賢一もさ」
「そうだね......私もそう思うよ」
「まぁ...祟りみたいなモノだよ...澄子が死んだのはさ」
「?祟り?」
「あっ......ごめん!そういう噂があるだけだよ......不謹慎だったよな!忘れてよ」
“忠犬転生”の知識がある矢嶋にとっては犯人は怨霊みたいな存在である事を知っているので思わず口に出してしまったのをバイト仲間に弁解している。賢一が死んだ当時の澄子の様子は知らなかったが......原作で描写されている限りのあの女の性格を推測して実質的な被害者である人気歌手と婚約者に罪悪感なんて持ち併せてはいないだろう。
「祟られてもおかしくないよね......」
「そうだよな......本気で怒りで頭が一杯になっている人に“正気”を求める方が間違ってるよ」
「ねぇ......芳田澄子って人の事で他にも書かれていた事はどんなのがあった?」
「えっ......澄子が賢一に暴力を受けた後に絶縁してからは知らないな......澄子の二番目の夫に関しては名字しか知らないし、娘も名前しか書かれていなかった......!?」
「......」
矢嶋は澄子の二番目の夫の苗字が『西塔』、娘の名前が『リエ』である事を思い出した。澄子が漫画ですると一コマで殺された後...“次々と各地で殺された”という一文字で終わったので賢一の父親や澄子の再婚相手と娘が亡くなったのかは知らない。妻子の人間性に義憤を覚え、彼等を見放した芳田氏と常に澄子へ誠意を持って接し、娘の将来を案じる気持ちと澄子の不誠実さを赦せない気持ちから離婚した西塔氏を流石に責める気持ちは無いが......“主人公”がどういう基準で同類認定しているのかはイマイチ判らない。流石に血縁だけでは判断していないと思うが......洋介の母親も一緒にいただけで殺されているし......
「まぁ...偶然かも知れないし...人違いかも知れないかもな」
「そっ...そうだね!」
矢嶋と西塔さんはそんな事を言い合った時だった...丁度、アルバイトの始業時間となったので二人は現場へと向かったのであった。その後、二人は何処か顔を合わせ辛かったのか...黙々と仕事をこなし、アルバイトを終えるとそれぞれ帰って行った。
「まさか...な?」
仮に西塔さんが芳田賢一の異父妹でも彼女は悪い人間では無い...と信用していたので矢嶋は特に対応を変えるつもりなんて無かった。学校は違うし、バイト先しか接点が無いが......人生初バイトの自分を優しく指導してくれた先輩である。彼女の父親の西塔氏もまともな人間性を持った人間である。岩城みたいに自分の事しか考えていない臆病者ならともかく......あんな屑共の巻き添えで殺されたら流石に心が痛む。
「......あ!」
矢嶋はある事を思い出した......此処が“忠犬転生”の世界なら自分が住んでいる明智市の近隣にある街の歓楽街に“主人公”を犬から魔獣へと転生させた“神”に相当する存在が“道具屋”を開いている筈である。あの人?なら“主人公”の事が分かるかも知れない。それに......自分がこの“忠犬転生”の世界へと転生した事も何か知っている可能性もある。
「明日は休みだよな......行ってみるか!」
「なるほど......この世界が創作として存在している平行世界の住人の記憶があるという事ですか?」
「はい......チート能力の類は無いですし、自分の中に人間1人の分の記憶があるという感じです」
「それで......そのアルバイト仲間である女子高生が彼に襲われるのか?が知りたいのですね?」
「はい......彼に人間の論理を押し付ける気は無いですが...見て見ぬ振りはするには抵抗が有って」
矢嶋は“道具屋”の中で店主と話していた。相手は“神”に等しい“力”を有している存在であり、矢嶋は全てをありのままに話していた。腹芸なんて出来ない彼には誠心誠意を持って接する以外に選択肢は無かったのである。それ以前に矢嶋の前世である“おっさん”は彼等の事が好きだったので悪意なんて元から無かった。
「岩城陽介という臆病者は見捨てたのでしょう?何故...彼女は助けたいのですか?」
「俺の知ってるアイツはクズです......そんな奴を助けようなんて思うお人好しじゃないです」
「まぁ、気持ちは解りますね」
「でも......彼女も彼女の父親も“俺達”の眼にはクズとして映ってません......理不尽な目に遭っていたら心が痛みます」
「......いいでしょう」
店主は棚から護符を取り出すと矢嶋へと渡した。霊力や魔力を持っていない矢嶋は何も感じ取れなかったが...多分、何かしらの効力を持ったアイテムなのであろう。矢嶋が受け取ったのを確認すると...店主は言葉を続ける。
「これを件の女子高生に渡しなさい」
「はい」
「それと...君は私達の事を創作物を通して知っているなら解かりますね?」
「......はい」
「私達は“強さ”を尊びます...その“強さ”がどういう意味なのかを知っているなら...彼等に対してどうすればいいのか解るでしょう?」
「はい!!」
矢嶋は店主に向かって頭を下げると“道具屋”を後にしたのであった。そして、翌日にアルバイト先でシフトが一緒になった西塔さんを休憩時間の時に護符を渡したのであった。女性に何かを渡すのは初めてなので矢嶋は少し緊張している。
「これは?御守り?」
「その......何も言わずに受け取って欲しい。西塔さん達を護ってくれると思う...」
「......ありがとう」
西塔さんは素直に護符を受け取ると矢嶋に対して口を開いた。
「あのさ......芳田賢一達の被害に遭った人達の眠っている場所を知っているかな?」
「えっ!知っているよ。確か......犬守市の隅野霊園に婚約者と一緒に眠っているよ」
●●●●の両親が計らいで婚約者も妻という扱いで一緒に墓へと入れて貰えたのである。ちなみに“主人公”の遺体を埋葬したペット霊園も近くにある。小学校時代から主人公のファンだった“おっさん”の代理として時々墓参りをしていたのである。今年は命日に行けなかったが......
「でも...どうして?」
「......矢嶋君は気付いているんでしょ?」
「うん....でも、俺の知っている限りじゃ西塔さんも西塔さんのお父さんも芳田賢一や澄子とは違うよ」
「ありがとう......でも、世間の人達から見たら無関係じゃないと思う」
「......」
「知ってから凄く苦しいの...お為ごかしかも知れないけど」
「......俺も一緒に行っていい?」
「えっ?」
「俺からも●●●●さん達に頼んでみるよ......西塔さん達は岩城や芳田賢一とは違うって」
「......ありがとう」
「それで......何時行くの?」
「日曜日にお父さんが車を出してくれるって言っているけど......いい?」
「西塔さんのお父さんも行くの?」
「うん...お父さんも事件の事を知ったら少し責任を感じたみたいで...」
「主犯じゃなくても?」
「お父さん...後から考えたら芳田澄子が賢一の事を話せなかった気持ちも少し解かるって言ってた」
「......そうか。そういう風に考える人もいるよな......」
「......正直、兄とか口が裂けても言いたくないし...“家族”とも思っていないけど、●●●●さん達には謝らないといけないって私達は思ってる」
「付き合うよ」
二人は集合場所といった事柄を話し合うと仕事に戻って行った。矢嶋は西塔さんに芳田賢一が起こした事件に罪悪感を抱いている彼女に「君には関係無い」と言う事が出来なかった自分に少しの後ろめたさを感じていたという。岩城陽介の事は嫌いだし、今でもクラスメイト達に奴等の事を暴露した事は後悔していないのに
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
明智駅前で自家用車に乗ってやって来た西塔さん親子と合流した矢嶋は西塔氏の運転する車に同乗する形で犬守町の山間部に存在している隅野霊園へとやって来ていた。●●●●さんと婚約者が埋葬された墓に到着した三人は墓を誠心誠意を籠めて掃除をするとお花を変え、線香に火を着けたのであった。そして、外道共に理不尽にも幸せを踏み躙られた男女の冥福を祈り始めたのであった。
「安らかにお眠り下さい......(奴等の“魂”は貴方方の愛犬が全ての世界から消滅させているので安心して下さい)」
「私の息子になっていたかも知れなかった男がすみませんでした......!」
「芳田賢一がごめんなさい......これからも年一回は可能な時に来ます」
三人が誠心誠意に被害者達の為に祈っている最中......誰かに見られている様な感覚を矢嶋は感じていた。だが、場所は霊園なのでこういう事もある...と思って特には気にしなかった。それに何処か優しさを含まれた好意的な視線だったのも要因であった。そして、悲劇の歌手とその婚約者へのお参りを終えると近くのペット霊園に遺体が埋蔵されている“忠犬”の墓に犬用のお菓子を矢嶋が備える。霊園の管理人が片付けたのか......以前に彼が備えた分が無い。ちなみに犬用のお菓子は矢嶋が原作知識で知った“主人公”の好物である。
「じゃあ......帰ろうか?」
「はい...今日はありがとうございます」
「気にしないでいいよ......帰る途中でお昼ご飯でもどうだい?もちろん、奢るよ?」
「戴きます」
「今日はありがとう...矢嶋君」
三人は何処かスッキリとした表情で霊園を後にしたのであった。そして、矢嶋達が立ち去った後......ペット霊園のとある忠犬の墓に二つの影が現れていた。影の内一つ...大きな獣みたいな影が“自身”の墓に備えられたお気に入りのお菓子を咥えるとそれを包装ごと丸呑みしたのであった。
「......美味いか?」
『......あぁ、純粋な好意が籠められているからな』
「それは良かったな」
『あの人間達は良い匂いだった......一人はお前と同じで少し癖があったが』
「五月蠅い......さっさと残りを始末するぞ」
錫杖を持った外套姿の美青年と大きく頑強な肉体をした黒犬はそんな事を言い合うと霊園を後にするのであった。その日の夜......明智市から少し離れた地方都市に建っている団地に住んでいる老人が焼死体で発見されたのであった。老人は若い頃から素行が悪く......碌に働きもしなかった事から生活保護受給者であった。彼には何人も子供がいたが....何れも児童養護施設に送っており、手元にいた息子二人も非行に走って様々な犯罪に手を染めた挙句...一人は20年近く前に都内H市で仲間と一緒に殺害されていた。
そして、老人の生きていた方の息子が殺された事を最後に一連の殺人事件は終息したのであった。
矢嶋が西塔親子と一緒に墓参りへと行ってから少し経った日の事であった。その日はクリスマスイブであり、西塔さんの家へと招待されていた矢嶋はアルバイトの帰りに彼女と二人で買い物をしてから一緒に夜道を歩いていた。お互いに少しドキドキしていたのは内緒である。そして、近道をする目的で西塔家の近所にある大きな公園の中を通って帰る事とした。この公園は全国的に展開していた大型スーパーマーケットの支店が建っていた跡に建造されており、10年以上前に起った大規模火災の犠牲者を弔う為に建立された慰霊碑と共に造られた場所であった。
そして、二人が慰霊碑の前を通り過ぎようとした時だった。
「えっ......何あれ?黒い犬?」
「まさか......アレが!?」
それは体高2m程度の身体と黒色で硬質な体毛をした大型犬であった。非常に精悍な顔立ちと地獄の炎みたな瞳をしており、強靭な手足と引き締まった筋肉質の体躯をしている。体重は300㎏を軽く超えているだろう。矢嶋はこの怪物染みた犬...否...犬型の魔獣の事を知っていた......彼は主を汚そうとした岩城達から彼女を護ろうとして奴等に殺されるも“道具屋”の店主によって異世界で魔犬『フレイムハウンド』へと転生し、同じく異世界へと転生した岩城達を始めとした人間達との闘いの末に地獄の魔犬『ヘルハウンド』→煉獄の炎を操る魔犬『インフェルノハウンド』へと進化した“忠犬転生”の主人公......
「......『エイト・グレイハウンド』!」
矢嶋は柔道の試合で曲がりなりにも闘う事を覚えたから理解出来てしまった......凄まじい闘気であった。彼はエイトにあっさりと負けていた“忠犬転生”の敵役を正直舐めていたが......こんなの相手に戦える時点で自分よりも遥かに強いのだと痛感してしまったのである。だが...矢嶋は逃げず......横にいる西塔さんの手をギュッと握っていた。
「やっ...矢嶋君!?」
「だっ、大丈夫だ!俺が付いてる!!」
「うっ...うん!!」
煉獄の猟犬は足元に置いてあった何かを前足で軽く蹴る事で矢嶋へと放った。どうやら、キャッチして欲しいらしい......矢嶋はファン特有の条件反射でそれを受け取ると...それは彼等がエイトのご主人様にお供えした花であった。2人はそれをぼんやりとした様子で見ていると原作知識のある矢嶋が魔獣に向き直った。
「受け取った...て事か?西塔さん達の気持ちを...お前のご主人様達に対する...」
「えっ......どういう事?」
「あっ......彼は婚約者が飼っていた犬なんだ...殺された...その噂では...」
矢嶋が西塔さんにしどろもどろな感じで説明しているとエイトは彼等に踵を返すと
『ありがとう』
煉獄の猟犬は二人の脳に念話で感謝を述べたのであった。非常にイケボな声に矢嶋は少し感動をしており、西塔さんも事情は完全に理解出来なかったが......心の中に有った何かを救われた気分となり、自然と涙が出て来ていた。煉獄の猟犬は向かう先を見てみると其処には錫杖を持った背の高い人影が見えていた......多分、彼の相棒である“陰陽師”だろう。彼らはいい意味でも悪い意味でも“強い者”=人間としての精神的な強さを持った者の味方なのである。
「私の肉親が酷い事をしてごめんなさい!それと...ありがとう!!」
煉獄の猟犬は西塔さんの言葉に鳴き声を発して返すと......相棒と一緒に立ち去ったのであった。2人はそれから少し呆然としていたが......矢嶋と“梨衣さん”は手を繋いだ状態で西塔家へと向かったのであった。
それから......“火”を消す事が出来た二人は楽しいクリスマスイブを過ごしたのだった......その次の年も...死が“家族”を分かつまで
クリスマスイブから数年後の夏...
『柔道男子90㎏級...矢嶋啓治!金メダルです!!』
「おっしゃあ!!」
「あなた!おめでとう!!」
「啓治君!!やったな!!」
「「おめでとう!!啓治!!」」
家族に祝福されている中で啓治は己の胸に手を当てながら前世から今までの事を思い出しながら周囲を見回していた......観客席には家族や自分の事を勝手に“恩人”扱いしている小学校時代のクラスメイト達がいる。1人の少女を自殺寸前まで追い込む虐めの主犯格だったガキ大将は自分を更生されてくれた恩人としてどんな人間にも胸を張って紹介出来る人間へと成長した啓治を皆の先頭に立って応援している。何処かで見た様な男女が幼い子供を間に挟んで座っているのが見える。そして、
「あっ......!」
あの日...一度だけ遠目から見た二つの影が会場の柱の近くに立っているのが見えた......すぐに消えてしまったが...見間違いなんかじゃない。
「見に来てくれたんだな......ありがとう」
前世の記憶を持っている青年『矢嶋啓治』は世界の何処かで戦っている“主人公達”と“前世の自分”に“彼らが護る世界で一生懸命に生きる事”を誓う意味で頭を下げたのであった。




