夜川流星
暖かで無機質な部屋。
テーブルの上には数え切れぬほどの紙の山。
所々の文字が滲む。
これは、夜川流星が話してくれた12月23日の夜から12月24日の早朝までの数時間の話を纏めたものである。
聖生さんは僕にこう言った。
「俺が声を掛けたらあの場所まで行くんだ。」
僕は聖生さんと行くものだと思っていたけれど、違った。
教団員が夕飯や入浴をしている時間帯、聖生さんは僕に声を掛けた。
「これを持っていくんだよ。」
聖生さんが渡してきたのは大きめのリュックだった。
それを背負うと聖生さんは僕の手を握って外に出たんだ。
「道は覚えているよな?」
僕が頷くと聖生さんは僕の頭を撫でて「賢いな。」と微笑んだんだ。
そして、聖生さんは僕を強く抱きしめて「幸せになるんだよ。」と言うと、早く行けと言わんばかりに僕の背中を押したんだ。
いつもと違って暗い道。
僕はとても怖くて、何度も戻りたいと思って振り返ったんだけど、もう聖生さんの姿はそこに無かったんだ。
僕は諦めていつものように同じ道を歩いていたはずなんだけど、怖かったからなのか分かれ道のどちらに進めばいいのか分からなくなってしまった。
僕が立ち止まっていると、ビュウッと強い風が一度だけ吹いて、コロコロと無くしたはずのボールが転がってきたんだ。
どこにあったんだろう?と思う反面、やっと見つけられたと嬉しく思った。
ボールを手に取ると正しい道を思い出せたんだ。
僕はいつもと同じように、転ばないよう気をつけて歩いて行ったんだ。
聖生さんに言われた通り、僕は秘密基地に到着した。
小さい小屋の裏側に造られた更に小さな小屋。
聖生さんが造ってくれたんだ。
中に入ると大きな袋が一つ置いてあって、聖生さんの物かな?と思ったんだけど、袋の縛り口には、「誕生日おめでとう。流星へのプレゼントです。」と書かれたメッセージカードが貼り付けられていたんだ。
僕は嬉しかったけど、誕生日の日になってから開けようとそわそわしながら誕生日を待っていたんだ。
眠たくなってきたけれど、それよりも早くプレゼントが見たくて必死に目を擦って起きていたんだ。
聖生さんが渡してくれたリュックの中には、手作りのおにぎりが五つも入っていたんだ。
お茶が入った水筒と、小袋のお菓子がいくつか。
それと、聖生さんが買ってくれたぬいぐるみも入っていたんだ。
僕はぬいぐるみを抱っこしながらおにぎりを一つ食べて、誕生日と聖生さんが早く来ないかなぁと思いながら待っていたんだ。
眠たくて仕方がなかった。
だけど眠らなくてよかった。
眠っていればもっと後悔をしたはずだから。
もうすこしで日が変わる。
あと少し待てばいいのに僕はプレゼントを開けてしまったんだ。
星空や月のマークが描かれたノートと鉛筆のセットと、僕が良いなと思ってみていた靴と、モコモコとした上着。
その中に入っていた手紙にはこう書かれていた。
「直接お祝いの言葉を言えなくてごめん。
誕生日おめでとう。生まれてきてくれて有難う。」
聖生さんが書いたんだなって、文字を見ればすぐに分かる。
後で言ってくれればいいのにと思いながら僕は聖生さんがくれた上着に腕を通したんだ。
僕がぬいぐるみになっちゃったみたいにもこもこで、聖生さんにぎゅっとされた時とおなじような温もりを感じたんだ。
嬉しいなぁってプレゼントを見ていたら、もう24日になっていたんだ。
聖生さんはまだ来ないのかなって思っていたら誰かの足音が聞こえた気がして、聖生さんかな?ってワクワクしたけどその足音は沢山聞こえたんだ。
聖生さんじゃないって分かったから僕は聖生さんに言われた通り、気配を消すようにして静かに呼吸をしたんだ。
足音が近付いてきて、秘密基地のすぐ側で止まった。
「星が流れる川を渡ろう」
僕はその言葉を聞いて飛び出したんだ。
聖生さんが決めた合言葉だったから。
聖生さんが迎えに来てくれたと思ったから。
だけどそこに立っていたのは聖生さんじゃなかった。
知らないおじさんたちだ。
僕は怖くなって走って逃げようとしたんだけど、おじさんが「坂城聖生さんに頼まれて迎えに来ました。」って言うから、逃げるのを辞めたんだ。
おじさんは僕を抱き上げ、他のおじさんたちが僕の荷物を持ってくれた。
聖生さんは忙しいから、お友達に頼んだんだろう。そう思ってた。
元来た道をおじさんたちと戻っていく。
聖生さんと暮らしたあの場所に近付くにつれて騒がしくなっていった。
おじさんは僕の顔を胸に押し当て、耳を塞いでいて。と言ってきたんだけど、僕は無理矢理顔を上げたんだ。
聖生さんと暮らしたあの場所には数え切れないほどの警察がいて、パトカーと救急車が列を作っている。
目の端に映った教団の中は真っ暗で、横になっている教団員がたくさんいた。
血を流す警察と、運ばれていく教団員。
僕は思わず聖生さんの名前を叫んだんだ。
いつもならすぐに返ってくる返事が聞こえない。
そこからはあまり覚えていない。
気付けば僕は病院にいて、見知らぬ天井に涙をした。
聖生さんの名前をどれだけ呼んでも返事が無い。
寂しい。悲しい。早く迎えに来て欲しい。
警察の人に聞かれたんだ。
坂城聖生が憎く無いのか?って。
僕は教団員の人達が怖い。
お父さんとお母さんを殺した人達だ。
とても怖い。
ぼくもいつか殺されるんじゃないかって思うと怖くてたまらなかった。
気付けば声が出なくなっていたんだ。
聖生さんを初めて見たのは、僕とお父さんとお母さんが最後に三人で過ごしたあの時。
聖生さんは様子を伺いに来たのか、僕達を見るとどこかへ行ってしまった。
その時一瞬だけ目が合ったんだけど、他の教団員とは違ってなんだかとても悲しそうな、辛そうな目をしていたんだ。
その後のこともあまり覚えていないんだけど、とても痛くて辛かった。それだけは覚えている。
僕の世話係に聖生さんが選ばれた。
最初は怖かったけど、他の教団員と違って話せない事に対して苛立ったりしなかった。
文字の読み書きを教えてくれた。
僕がおねしょをしても怒らず、「ちゃんと報告できて偉いな。」と褒めくれた。
読めない文字を見つける度に聞いても怒らないし、言葉の意味を聞けば教えてくれる。
このお菓子が好きとかこのジュースが飲んでみたいと言えば、歯磨きをちゃんとするって約束をしてから買ってくれたんだ。
僕がしたい事はなんでもさせてくれるし、僕が少しでも何か出来ればすぐに褒めてくれる。
夜中にトイレに行きたくなった時、怖くてそっと肩に触れただけで目を覚ました時は少し怖かったけど、すぐにトイレだと察して寝惚けた目をして連れて行ってくれた。
僕を虐めた教団員の事を叱ってくれて、翌日からは誰からも嫌な事を言われなくなったんだ。
教団は大嫌いだけど、聖生さんの事は大好きなんだ。
優しいお兄ちゃんができたみたいで嬉しかったんだ。
もっと酷い扱いをしてくれていたら、聖生さんの事も嫌いでいれたのに。
僕はまだ信じているんだ。
聖生さんは生きているって。
……朝陽くんは生きているって。
また会えるって、信じていたいんだ。




