08月25日
俺が発熱で寝てばかりの日が続いていた時。
眠る俺を起こそうとした光司は、俺を揺さぶったり肩を叩いてみたりしたけど俺は目覚めなかったという。
いつもなら少し触れただけで目を開く俺が眠り続けているもんだから、死んだのではないか?と不安に思ったらしい。
その時、自分が話せたらと強く思ったようだ。
もしあの時本当に俺が死んでしまっていたとしても、自分が話すことさえ出来ればすぐに助けを呼ぶこともできるし、俺を呼び戻そうと名を呼ぶこともできたと。
紙に文字を書いてのやりとりに慣れてしまった光司は、話すということを諦めるというか考えもしていなかったみたいだ。
だけど、このままじゃ駄目なんだとあの時強く思ったと書いて教えてくれた。
急ぐ必要は無いし、俺は光司を残して死んだりしないよ。と言うと光司は俺の腕にしがみついてすりすりと自分の頬を擦り付けた。
昔教祖様が言っていた。
信者は心が空な状態でやってくる。
埋めてほしい一心で教団の元へと自ら歩いてくる。
寄り添う姿勢を見せれば信者は教団の色に染まる。
これは信者だけでは無く誰にでも当てはまることだ。
我々がしているのは洗脳だと言う者がいるが、これは決して洗脳では無い。
多くの者が見て見ぬふりして寄り添わなかった者に寄り添い心を埋めてあげているだけ。
隙間のないように、丁寧に埋めているだけだ。
人は自分の心が満たされたと思った時、産まれたばかりの赤子が母を認識するように、埋めてくれた者を自分の中で偉大な存在だと認知し大切にしようと思うのである。
光司の心は俺が埋めて俺の色に染っているのだろうか。




