06月05日
警戒態勢を取ることになって数日。
警察がやってきた。
女一人と男が一人。
俺は光司を部屋に残し警察の話を聞くことにした。
ここに十代の女性がいますよね?
あの女の事だろうとすぐに気が付く。
どうして?と聞くと、面白い返事が返ってきた。
両親が警察署にやって来て「孤幸教に娘を連れ去られた」と言ってきたと言う。
連れ去った?誰が?置いていったの間違いだろう。
両親は腕に痣を作っており、これは抵抗した時に孤幸教の者にやられたと言ったらしいが、そもそも信者でもないこいつらに俺たちが手を出すわけがない。
存在すら知らなかった相手だ。
俺と一緒に話を聞いていた幹部の人間は警察に素直に話した。
早朝の門前に女が一人蹲っていた事。
その時既に目を伏せたくなるほどの状態であったこと。
ここで保護していること。
体調が良くなれば施設へ連れて行こうとしていたこと。
警察は疑いの眼差しを向けてきたが、俺たちは嘘をついていないので、そんなに疑うなら本人に会って話せばいいと伝えた。
ただし、女は怯えきっている状態なので部屋から連れ出すことは困難である。
二人が女がいる部屋まで行って話してくれ。
そう言うと警察は、女の元へ案内しろと言ってきた。
俺と幹部の人間は警察を連れ女の部屋へ向かった。
広間からすぐそばの部屋だ。
ノックをすると女教団員が顔を覗かせる。
警察が話をしたいそうだ。と、幹部の人間が言うと、部屋の奥から泣き声が聞こえた。
「帰ってください。」
泣きながらそう言うと女の声にはどこか恨めしさが含まれているように感じた。
女警官はこう言った。
「貴女は孤幸教の人に連れ去られたのでしょう?もう大丈夫だから私たちと一緒に家に帰りましょう。」と。
警察の言葉を聞いた女は叫び声をあげた。
その叫び声は断末魔のような耳を塞ぎたくなるような声であり、そんな姿を初めて見た俺はおもわず一歩後ろに下がってしまった。
そこに教祖様がお見えになられた。
警察が警戒態勢をとったのは言われずともすぐに分かる。
お前たちが咄嗟に手を動かし固定したその場所には、銃があるんじゃないのか?
俺は警察から目を離せなくなった。
もしここでこいつらが妙な動きをすれば、俺は迷わず教祖様の前に立たなくてはならない。
その思いは幹部も同じだ。
女の叫び声が聞こえたから見に来たが、これは一体どういう状況だ?と聞く教祖様に幹部の人間が説明すると、教祖様は納得したように警察に微笑みかけた。
「どうやら、我々の事をよく思っていない者がいるようだ。
我々を疑うのは構わないが、その前にやることがあるだろう?」
教祖様の問いかけに警察二人は返事をしない。
「本当にあの家にこの子を戻すおつもりですか?」
教祖様がそう言うと警察二人は警戒を解かぬまま、教祖様に返事をした。
「あなた方が連れ去ったのでしょう?」
俺たちへ向けた疑いは確実なものだと言い切るかのような顔。
「我々とこの家族に縁はありません。」
教祖様がそう言うと、女警官が教祖様の事を睨み付けた。
それを俺や幹部が見逃す訳がない。
教祖様が引っかかっていたのはきっと、こんな状態の娘をこの山に捨て去ったという事だろう。
両親は俺たちが娘を拉致したと警察に駆け込んだらしいが、もしそれで俺たちが捕まった所でこいつらの何になる?
それに、娘が喋る事が出来る状態なら、警察に本当の事を話す可能性がある。
そうなれば自ら自分の罪を警察に教えるようなもの。
相当な阿呆でもこんな愚かな行動はしないはず。
なら、どうしてこんな滅茶苦茶な事をする?
ここで教団から逮捕者が出て得をするのは誰だ?
協力者本人とその家族か?
女が事実を話両親が捕まったとすれば?
一体なんのためにそんなことをする?
理解不能だ。
娘もグルだったとすれば?
両親と娘が協力してこの偽りの道を作ったのだとすれば、教団は警察から逃れることは出来ない。
俺たちを恨むやつらはごまんと存在するだろう。
だからいつかこうして嵌められるかもしれない、そんな可能性があると思いながら生きてきたつもりだ。
だけど、もしそうならやり方が汚いだろ。
いや、それは俺たちが言えたことではないか。
そんな事をグルグルと考えている時、泣き叫んでいた女が突然泣き止んだかと思えばスタスタと俺たちの方に歩いてきた。
俺は女の未来を見ていない瞳を見てゾッとした。
もし俺の不確かな憶測が的中すれば、教団はここで終わるかもしれない。
そうなると地下も調べられるだろう。
顧客リストも何もかも。
だが、そんな事はどうでもいい。
俺にとって今一番必要で失いたくないもの。
光司を連れて行かれるなら、俺はこの場で全員殺す。
誰に止められようとも、必ずこの手で。
だけど、光司は警察と共に行った方が幸せ……?
女は真っ直ぐ警察の目を見てこう言った。
「私が帰る家は無い。」
は?とでも言いたげな表情をする警察二人と、表情を変えない教祖様と幹部。
そして、安堵する俺。
警察はすぐにどこかへ連絡していた。
女は相当な勇気を振り絞ったのか、その場に座り込み呼吸が苦しそうだった。
女教団員や幹部が女の面倒を見る横で、教祖様は俺の隣に立ってこう言った。
「この子の両親がどうしてこんな馬鹿げた行動に出たか、きみに分かるかな?」
俺は咄嗟に「阿呆だから。」と答えたが、教祖様は微笑み首を横に振る。
「どうしてこんなことをしたんですか?」と答えを聞こうとする俺に、教祖様は「明日まで考えてみなさい。久しぶりの宿題だよ。」と言った。
俺が小学生、中学生頃の年齢の時、こうしてたまに考えるという宿題を出されていた。
その答えに自ら辿り着けた時、俺は成長したんだなと思えた。
教団に関する事となると、そう簡単には答えを得られない。
自分で考えて答えを導き出さなくてはならない。
これも教団に関する大きな出来事の一つ。
昔はそうだな、教祖様も幹部の人間たちも俺を教団員として育てる為に必死というか、教育熱心なところがあったが、俺が上に行く気が無いと分かってからは、あまり熱心では無くなった印象だ。
教祖様や幹部と警察が何かを話していたが、俺は出された宿題の為に部屋に戻った。
いつものように絵を描いていた光司は、扉を開くと振り返り俺の顔を見るとにこっと笑った。
俺は光司の隣に座り本を読むふりをして考えた。
虐待を受けた女とその両親。
両親の詰めの甘さと、なぜ俺たちが巻き込まれているのか。
両親が考えついたものだというのなら、なぜわざわざ信仰していない教団を巻き込もうと考えた?
誰かに指示されたのでは無いか?
だとすればその指示をしたやつは一体何者で何が目的?
いつの間にか夜になっていた。
光司の食事と風呂を済ませ寝かしつけると俺はまた考え始める。
女が今もここに居るのか、警察に連れていかれたのかは知らないしどうでもいい。
そんな事より、俺はこの出された宿題を済ませなければならない。




