04月22日
目を覚ますと光司が居なかった。
布団に手を当てると僅かな温もりが残っていた。
トイレにでも行ったのか?と思い部屋を出ると、広間の方から教団員の声が聞こえた。
何を話しているのかはわからなかったが、胸騒ぎがして走って広間へと向かったんだ。
扉を開くと教団員が数人輪を作っており、「何様のつもりだ?」だとか、「謝れもしねぇのか?」だとか、くだらない言葉を発しながら騒いでいた。
俺の存在に気付いた教団員の一人が挨拶をしてきたが、俺はそれに対しての返答はしなかった。
もう、こいつらが何に対して鬱憤を晴らしていたのか理解していたんだ。
「そいつ俺の子なんだけど。」
それだけ言うと、その場の空気は凍りついた。
輪を作っていた教団員達が慌てて整列すると、静かに涙を流す光司が蹲っていた。
ああ、俺は守れていないじゃないか。
教団員に対する怒りと、自分に対する情けなさと、光司に対する申し訳なさで感情がぐちゃぐちゃになった。
何も言わず光司を抱き抱える俺に対して何か言い訳を並べていたが、返事をするわけがない。
そんな価値も無いただのごみだ。
部屋に戻ると光司は泣き止んでいた。
俺が「ごめんな。」と言うと、光司は首を横に振った。
そして、ノートとペンを取り出してこう書いたんだ。
だまって でていって ごめんなさい
気付けば俺は光司を強く強く抱きしめていた。
ただ、トイレに行っただけだろう。
布団を汚さないように、眠る俺の邪魔をしないようにしただけだろう。
部屋から出るのが怖いはずなのに、俺を気遣って頑張ったんだろう?
なのに、どうしてお前が謝るんだよ。
どこに謝る必要があったんだよ?
なぁ、悪いのはあいつらなんだよ。
勝手に溜め込んだストレスを子供のお前で発散しようとしたあいつらが悪いに決まっている。
お前のような子は何かをされたり言われたりしても、世話係に告げ口をしない事を知っているから。
自分よりも弱者だと判定した相手に対して強気でいくが、見ただろ?
俺を前にすれば生まれたての子犬のようなか細い声で保身に走る姿を。
俺は光司に謝る必要は無いと、少しだけ部屋の中で待っていてと伝えて部屋を出た。
光司は不安そうな顔をしていたが、俺はそれを見て見ぬふりをしたんだ。
悪は浄化しなければならない。
教団員なら、分かるよな。
俺は上層部の人間に場所を借りたいと頼みに行った。
どの場所?と聞かれたので、地下だと答えた。
相手は誰?の問に対して、教団員と答えると、上層部の人間は首を傾げた。
経緯を説明すると、俺の監督不行届だろうと言われたので、そこは認めた。
だけど、俺の世話係という仕事に支障を与える行為であり、これから先この教団で生きていく小さな芽を己の欲に任せて摘もうとする事は悪では無いのか?と聞くと、上層部の人間は少しの間を置いてから教団員の人数を聞いてきた。
五人だと答えると、それを一人で?と聞かれた。
当たり前だろう。世話係は言い方を変えれば育ての親だ。
俺は光司の親なんだよ。
自分の子を守る為なら相手が誰だろうと、何人だろうと関係ない。
俺の気持ちを聞いた上層部の人間は時間指定をしてきた。
俺はそれに従い、限られた時間の中で悪の浄化を行うことにした。
呼び出しを食らった教団員は嫌がる素振りを見せたが、逆らうことは許されない。
俺は上層部の人間では無いが、教団員になって長い。
教団内で一番偉いのは勿論教祖様だ。
この人がいなければ何も始まらなかったのだから。
その次が幹部、そして上層部、その次が俺だ。
下っ端と同じような仕事をしているのは、俺が望んだから。
責任を負いたくないんだ。
だから、上には行きたくない。
教団内での上下関係は貢献度と在籍歴の順で決まる。
勿論、俺よりあとに入ってきたやつが上層部や幹部となればそいつらの方が立場的には偉いのだが、俺にあまり命令をしようとはしない。
俺が今日話をしたやつは俺よりあとに入ってきたやつだ。
別にこれが俺より先に入っていた先輩だったとしても、同じように頼み、同じ言葉を話しただろう。
協力者が住まう地下。
そこから奥へと繋がる扉がある。
上の部屋の浄化室は主に信者に使われるもので、教団員となれば地下で行われることになる。
浄化の水で済むのなら良かったのだけれど、人の子に欲をぶつけた馬鹿共には、俺の欲をぶつけても問題は無いだろう。
良かったな、光司が生きていて。
もしあの時お前達が光司に対して暴行を働き死に至らしめていたら、俺も同じことをしていた。
他の教団員達に連れられてやって来た馬鹿五人は、拘束具をつけられると阿呆面で命乞いを始めた。
俺はまだ何もしていないし、何も話していないのに。
教団員達と共にやってきた上層部の人間が俺の耳元でこう言った。
「働きに支障の出ない程度にしてくれ。」と。
これは、手足の骨折は避けろということ。
寝たきりの状態はもちろん、動けなくなるまでの怪我を負わすなという忠告だ。
もしこれを守らず俺がこいつらの手足を骨折させたり、身動き出来ないほどの怪我を負わせた場合は、こいつらがするべき仕事を俺が請け負わなくてはならない。
それは俺も勘弁なので、分かった。と返事をした。
手足の骨折は支障を来すが、指程度なら問題は無いか?と上層部の人間に問い掛けると、上層部の人間は「二、三本程度なら。」と答えた。
その会話を聞いていた教団員は必死に何かを言っていたが、何も耳には入ってこなかったな。
教団員は大人気なく漏らしていた。
俺はそれを見てつい笑ってしまった。
乾いた呆れ笑い。
幼い光司ですらそれを阻止しようとしたのに、お前達は平気で漏らすんだな。
後で掃除をするのはお前達だから別に良いけど。
部屋に戻ると光司は絵を描いていた。
「ただいま。」と声を掛けると、光司は慌てて絵を隠した。
「何を描いてたんだ?」と聞くと、光司は指で小さなバツを作り首を横に振る。
見てほしくないんだろうな、と思い読みかけの本を手に取り読み始めると、光司は俺の方をチラチラと見ながらまた絵を描き始めた。
普段なら、留守番が出来てえらいとか言って頭を撫でてやるんだけど、今日はそれが出来なかった。
俺は光司に触れるような手をしていない。
どれだけ洗っても取れる事のない感触と、痛み。
俺はこれが嫌いなんだけど、なぜだろう。
今日はどこかすっきりした気持ちでもあった。




