第2話 腐れ縁の親友とアタシ
「あら、あのコたち……」
オフホワイトのシャツにグレーの半袖シャツジャケットを羽織っている背の高いオトコ、そんな彼の横をはにかんだ笑顔で歩く、ボーダー柄のショート丈のポロシャツとハイウエストのワイドパンツを着こなしている女のコ。
キャンパスの美男美女がいい感じの雰囲気で並んで歩いているのを見るのは、これでもう8回目。二人は出会ってからまだ1週間も経っていないはず。なかなかの高頻度ね。
あ、ルゼったらちゃっかりリリちゃんのバッグを取ったわ。ここからじゃ声は聞こえないけど、きっとこんな会話をしているでしょうね。
「じ、自分で持ちます!」
「いや、俺に持たせて?」
「で、でも……」
「俺が持ちたいから、ね?」
「わ、わかり、ました……」
頬を染めて足元を見ているリリちゃん……何このコ、可愛いわね。可愛さに磨きがかかっているわね。これは完全に恋しちゃったやつだわ! もちろんルゼも落ちてるでしょう? だって、女のコにあんなに嬉しそうにあんなに優しく接しているのアイツなんて知らないもの。
ワンチャン、……いえ、確実に両思いね。はっ!? もう付き合ってる可能性もあるわ……!? 魔法使いの出番はなかったかしら?
そんな二人の様子を伺っているのはどうやらアタシだけじゃないみたい。
お似合いのカップルだっていう視線の中に、時々、カッコいいとか可愛いとかが含まれていて、もっと少なく嫉妬を感じる。何も起こらないに越したことはないけれど、一応気にかけておくかしら。
***
「で、どうしてアタシは野郎と二人でおしゃれなカフェに来ないといけないわけ? しかも監視付き!」
キャンパスの近くにあるコーヒーが美味しいカフェの一画、アタシは足を組んで、目の前で苦笑しているルゼに問いかけた。会話は聞こえないけど、姿はばっちり確認できるところにルゼのお付きの人が控えている。何なのよこの御曹子。
「ちょっとコズモに相談したいことがあって。コーヒー奢るから聞いてくれない?」
「……ケーキも頼んでいいかしら?」
「もちろん」
すぐさま帰ってきた返事に呆れながらも、コーヒーとレモンケーキを頼んだ。それが届いてからアタシは聞く態勢に入る。全く、どれだけ聞いてほしいのかしら。
「アタシじゃなくてリリちゃんに相談すればいいんじゃないの?」
「一番相談できない相手だね」
……まさか、まさかまさかまさか、恋バナ!? リリちゃんに相談できないってことはそういうこと!? いいじゃない、みっちり聞いてあげるわ。っていうかあれでまだ付き合ってなかったのね。
「聞いてあげようじゃないの。さあ、さっさと吐きなさい!」
「あ、ああ。……その、リリさんに一目惚れして。それから接していくうちに好きだな、愛しいな、と思う度合いが強くなったんだ」
ええばっちり知っているわ。側から見ていれば分かるもの。きっかけは一目惚れだったけど、仲良くなっていってもっと好きになっていくパターンね。なかなかないわね、レアよ、早くくっつきなさい!
「リリさんに告白したいとは思う。リリさんも俺に多少の好意を抱いてくれているのは分かる。ただ……」
「……何なのよ、何がひっかかるわけ? シンデレラと王子様をくっつける魔法使いに言ってみなさいよ?」
「魔法使い……コズモが? それは心強いね。……自分で言うのもあれだけど、俺、会社を継ぐことが決まっていて。そんな俺の恋人になったら、リリさんを困らせたり縛ったりすることが多いかもしれない。卒業後の進路はもちろん決まっているから、自由に選択することはできない。それにリリさんを巻き込んでしまうかもしれない、と——」
「良いも何も、アナタが考えることじゃないわよ。それはリリちゃんが考えること。うだうだ言ってないでさっさと告ってきなさい!」
あらやだ、つい食い気味に言ってしまったわ。でも、そうね。とりあえずくっつきなさい。そういう悩んでいることもきちんと話して、その上でオーケーの返事をもらいなさい。
しかし、卒業後のことまで考えてるってことはあれでしょう? 結婚まで視野に入れているのでしょう? ……逃げて! リリちゃん逃げて! 王子様の皮を被ったオオカミがアナタを狙っているわよ!
「だけど……」
「あーもう! ……よし分かったわ。アナタがそんなのだったら、リリちゃんはアタシが奪っちゃうわよ? 別に良いんでしょう? アナタは潔く身を引いてハンカチでも咥えて泣いてなさい」
「っ……それはダメだ!」
はぁ、やっぱり。ルゼ、アナタ最初から手放すつもりなんてないじゃない。そんな親の仇を見るような顔しなくても取ったりしないわよ。リリちゃんはアタシの可愛い後輩ちゃんなんだから。
「だったらしっかりと捕まえておきなさい。アナタのその悩みも全部話して、ね? 隠したり嘘をついたりするのは論外よ?」
「……コズモ、ありがとう」
「コーヒーとケーキはもうもらっているわ。……結果、教えてちょうだいね?」
目を丸くした後、ふっと笑ったルゼはもちろんだと答えてくれた。全く、相談する前に鏡を見てほしいわ。結論は最初から出ていたじゃない。
リリちゃんと接する時、リリちゃんの話をする時にアナタがどんな表情していたか分かる? とろけそうな笑み、よ。その言葉がぴったりな風に笑っていたのよ。……まあ、恋バナが聞けたのは楽しかったから良いけれど。
ぬるくなってしまったコーヒーを一口、そしてレモンケーキにフォークを伸ばす。……あら、このケーキ当たりね。酸味と甘味のバランスが最高だわ!