燃え盛る 寺の下には 五百年
「人~間~五十~年~」
バチバチと音を立てる本能寺の中、儂は瞑目し、一心不乱に舞っていた。
───思えば面白き人生であった。儂に謀反を起こしたのは信忠か光秀か───不覚を取ったわい。
「下天のぉ~内をぉ~比ぶればぁ~夢幻の如くなりぃ~」
地獄に落ちろとはよく言われたもんじゃが、地獄で鬼を従えるのも一興か。そんな風に考えていると───
「うっ、うえさまっ!」
近習の蘭丸が叫ぶ。本能寺が襲われてもうじき四半時。いまさら何を騒いでおるのやら。
「なんじゃ。主君の最後じゃ、もちっと趣をだな...」
「で、ですがうえさま...お、お体が...」
「体ぁ?体がどう...し......た......」
何の気なしに手を見た儂は絶句した。
「お体が───光っておりまする!」
「なぁんじゃこれぇッ~~~~!?」
僧侶共の経文のような、それでいて見たこともない蛇ののたくったような金色の文様が儂の体中に浮かび上がっていた。
「ちょっ...蘭!これどういうことじゃ!儂まるで耳無し芳一なんじゃが?!」
「そっ、某にもわかりませぬ!」
「敵方の仕業か...?いや、それにしたって意味が解らん、なぜこうも光っ───」
突如、視界が下がる。儂を見上げておった蘭丸を、今度は儂が見上げることとなった。床でも抜けおったか、と思ってさらなる違和感に気づく───足の感覚がないのだ。
「うえさまぁっ!」
蘭丸が儂の腕を掴み、引き上げようとする。しかし儂の体は頑なに動かない。儂の足元だった場所は今や純白に染まり、不思議なことに儂の体以外は通さぬようであった。
「...もうよい、蘭丸。逃げよ。そち一人なら運が良ければ逃げ切れるであろう」
「嫌でござります!もとよりうえさまが亡くなるのであれば自害する覚悟!」
「馬鹿者!自害などと二度と言うな!命あっての物種よ!」
「...なればッ...!なればうえさまと共に逃げまする!」
蘭丸の腕に込められた力がより強まる。しかし、ここから抜け出すのは不可能───儂の直感がそう告げていた。
「儂のことは案ずるな───。すぐに殺す気ならこのような真似はせんじゃろうて、機を見て抜け出してやるわ」
儂が蘭丸をそう諭した瞬間、バチンという音と衝撃と共に蘭丸の腕が弾かれる。そのままずぶずぶと沈みゆく、儂の体。
「うえさまぁ──────ッ!!!!」
蘭丸が叫ぶ。だが時すでに遅く、儂の視界は白一色に塗り潰された。
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「───あああああああああ──────ッ!」
数秒後、儂の体は宙に放り出された。瞬間、死を覚悟したが───
「ぐべぇっ」
ぼふ、という音と共に儂は顔から布の山に突っ込んだ。
「あいったったた...どこじゃあここ...ん?」
髪を二つに結わえた、着物───庶民、特に商人が着るような───姿の珍妙な童女が、ひっくり返った儂を見ていた。
「...だれ?」
「...儂か?儂は織田家当主、織田信長である。わかったら面を下げよ、童」
そう返すも、困ったように首を傾げる童。
「...ほんとにだれ?」
「...なんじゃ、いかに童とはいえ儂の名を知らぬと申すとは...不遜なものよのう、いや、さてはトンでもない僻地かの?ここは───」
儂が言葉を続けようとするも、童女の首は傾くばかり。終いに───
「おとーさ───ん!空からおじさんふってきたー!」
童女の素っ頓狂な声が響き渡った。
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「...本当に?」
「本当じゃと言っとろうが!...いや、儂も滅茶苦茶なことだというのはわかっておるがのお...それ以外に言いようがない」
あの後、童女の声を聞きつけたらしき熊のような大男に詰め寄られ、必死で弁解し───今に至る。
───下手に包み隠すのは下策、と思い洗いざらい打ち明けたが、失敗じゃったかのお...
柄にもなく儂がうじうじと悩んでおると。
「...わかりました、信じますよ」
にこりと笑み、大男───名を森日出というらしい───はそう言った。
「......いいのか?ぶっちゃけ儂自身、怪しすぎると思うんじゃが...」
「ええ。嘘を吐いてらっしゃるようには見えませんしね。それに───」
「───?」
「困ったときはお互い様、でしょう?」
日出は、思い悩んだのが莫迦莫迦しい程に素直な男であった。疑い、企み、裏切られた儂の人生とは真逆の、輝いた漢の面をしていた。偶に居るのだ、こういう───自分の善を貫ける者が。
「───感謝する」
「そんな、頭を上げてくださいよ」
畳に頭をつける儂に慌てだす日出。ゆっくりと頭を上げた儂。日出はしかし、と切り出した。
「───これからどうなさいます?正直、現代で身元不詳の方では泊るところも職も碌なものは...」
「───それはまずいのぉ」
───糊口を凌ぐにも人足寄せ場か何かあるじゃろうし、いざとなれば寺か神宮の軒先でも借りればよいと高をくくっておったが───
「日本政府とやらは、余程上手く民を治めとるようじゃのぉ」
───ハゲネズミが全ての田畑と民を台帳につけ、寸分の漏れもなく年貢を取り立てる───そう大望を語ったのはいつだったかのぉ。それがまさか全ての国民が身の元を証明する文書を持ち歩く時代になるとは───。非の打ちどころもない監視体制よのぉ。...それが悩みの種になっとるワケじゃが。
500年で、よくもここまで伸ばしたものだと思う。南蛮渡りのギヤマンによく似た質の障子に、黒い板───のちに聞けば窓ガラスとテレビなるものらしい───ちらと見渡しただけでも見知らぬものだらけだ。
「信長さん。」
思考を打ち破ったのは、三度口を開いた日出の声であった。
「む」
「───もしよろしければ、なのですが───」
一瞬、言いづらそうに日出が言いよどむ。
「私たちと一緒に───この旅館で働きませんか?」
目を丸くした儂に慌てたのか、日出が続ける。
「いえあの、勿論戦国武将だった信長さんからすれば、僕ら庶民の仕事をするなんてありえないかもしれません。でも、お給金もお渡しできますし、住居と食事も提供出来ます。休みも週に───七日に二日ありますし、最初は慣れない仕事なので苦労するかもしれませんけど───」
日出の言葉を遮って、儂は再び、先ほどよりも深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお頼申す」
ほっと胸をなでおろした日出。話の間黙っていた隣の二人にもおずおずと問う。
「よかった...二人もそれでいいかな...?」
「ん、おとーさんはお人よしなのがいいところ!さんせーい!」
儂の考えを代弁するかのように童女───日出の娘、森やちよが溌溂と笑う。
「え、ええ...。それ、褒めてるの?」
「褒めてるに決まってるじゃない、ねえやちよ。私も賛成よ」
苦笑いする日出を肘で小突きながら日出の妻───森翡翠がそう返した。
───こんなに温かい笑い声を聞くのは、いつぶりかのぉ
三者三様に笑う家族を見て、儂も笑みをこぼさずには、いられなかった。