第4話「慶應の庭球とグランプリ」
― CHAM=仲間蜜介の転機と家族との始まり ―
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I. プロローグ――庭球と数字の男
決して派手ではない。けれど、誰よりも“土台”を固める男。
仲間蜜介――コードネーム:CHAM。
Zone STARZの財務と構成を担う、冷静沈着な副会計士。
だが、その肩書きには収まりきらない過去があった。
高校時代、全国庭球大会で団体戦2連覇。
慶應義塾大学では経済学と音楽サークルを両立。
卒業後は大手監査法人を経て、公認会計士の副会長に就任。
そして現在――2児の父であり、女優・広瀬未依奈の夫。
だが、その順風満帆な人生の裏側には、
音楽への“執着”とも言える情熱が、確かに生きていた。
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II. グランプリの午後
都内のラジオ局に妻・未依奈の取材が入っていた午後。
CHAMは珍しく、子どもたち2人を連れて迎えに来ていた。
「由紀恵、はると。あんまり騒ぐなよ」
「はーい、パパ!」
スタジオの外で、マネージャーJOHがCHAMに声をかけてくる。
「……CHAMさん、Zone STARZの活動について、次の段階に入る話が来ています」
JOHの手にあるのは、Zone STARZが非公開で出演予定の音楽イベントの資料。
そこには、各メンバーの作詞・作曲参加欄に“CHAM”の名が刻まれていた。
「俺の曲……採用されたのか」
「あの“グランプリ”という仮タイトル、正式採用です。奥様の演技から得たインスピレーション、ですね?」
CHAMは小さく頷く。
それは、未依奈が主演を務めた大ヒットドラマの最終回――
家族と夢のどちらを選ぶか、というテーマから着想を得たバラードだった。
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III. 家族という名の挑戦
その夜、自宅で食卓を囲んだCHAMと未依奈。
「……音楽の活動、本格的に進めるって聞いたわ。子どもたちには?」
「まだ言ってない。けど、いずれは……ちゃんと伝える」
「蜜介……あなたは何かを諦めるために音楽をやる人じゃないわ」
「ありがとう。未依奈。……俺は家族を守る。その上で、音楽で世界に勝負をかける」
その言葉は、音楽でも、家族でも“決して退かない”という彼の本質そのものだった。
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IV. Zone STARZの“基盤”
数日後、Zone STARZの地下スタジオにて。
KOUHやFOXらと集まる中、CHAMは手帳を開く。
「俺はアーティストというより、“構築者”だと思ってる」
「構築者?」とKOUHが聞く。
「会計士として組織を回してきた。今度は音楽ユニットとして、数字、戦略、リリースの時期も全部組み立てる」
「CHAMがいなきゃ、俺たちは音で迷子だな」とFOXが苦笑する。
「いいんだ。俺の音は、“誰かの居場所”を作るためにある」
「……それ、家族にも?」とJOHが聞く。
CHAMは、すっと目を伏せた。
「家族も、Zone STARZも、俺にとっては“帰る場所”なんだ」
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V. 家族にだけ流れる音
その夜、子どもたちが眠ったあと、CHAMは自室の防音スペースでピアノを弾いていた。
「グランプリ」のメロディは、穏やかで優しい旋律。
未依奈がそっとドアを開け、寄り添う。
「……いつか、私もそのステージを客席で見られるのかしら?」
「それまでに……Zone STARZを、ちゃんとした“名前”にしておく」
「あなたがいるだけで、すでに世界に一つの名前よ」
その瞬間、CHAMの指先が静かにメロディを閉じる。
まるで、ひとつの家族と、ひとつの夢をそっと包むように。
― 家族、数字、音楽。CHAM=仲間蜜介が選んだ未来 ―
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VI. 過去からの手紙
日曜日の朝。家族がまだ寝ている時間に、CHAMは押入れの中から一通の封筒を見つけた。
それは大学時代の親友であり、当時のテニス部キャプテン・佐伯から届いた手紙だった。
《蜜介、お前はあの頃から計算づくで勝つ男だった。でも、感情を捨てたわけじゃない。むしろ感情に溺れない強さを持っていた。》
《お前が家庭を築いて、音楽まで始めるなんて正直驚いた。でも、多分それが“本当のお前”なんだろうな。》
《数字で人生を守ってきたお前が、音で誰かの人生を動かすなら、俺は絶対応援する。》
静かに、しかし確かに胸を打つ言葉だった。
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VII. 再び“ステージ”へ
Zone STARZのリハーサルスタジオ。
KOUH、FOX、Teeth、Hikari、そしてマネージャーJOHが集まり、次の楽曲制作の準備を進めていた。
CHAMは、完成したばかりの新曲「Backstage Grand Prix」を皆の前に提示する。
「“舞台の裏”こそ、俺たちの戦いだと思った」
「前に出るのが全てじゃない。裏方で、構築して、支えて、最後に勝つ」
「この曲、めちゃくちゃCHAMらしいな」とTeethが笑う。
KOUHも頷く。「俺たちは、世界に出るけど、正体は隠したままだ。まさに“裏グランプリ”だな」
「いい曲です。お子さんにも聴かせたんですか?」とJOHが訊くと、CHAMは微笑んだ。
「ああ。娘が“パパのピアノって、安心する”って言ってた」
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VIII. 小さな拍手
その夜、CHAMの自宅のリビングでは、ささやかな“発表会”が行われていた。
CHAMがピアノを弾き、未依奈が歌い、子どもたちがリズムを取る。
曲は「Backstage Grand Prix」。
Zone STARZのステージ用に書いたものだが、この場所では家族のための一曲だった。
由紀恵がポンと手を叩いた。「パパすごい!」
春翔も「また弾いて!」と笑った。
未依奈がCHAMに寄り添いながら、小さく囁く。
「この“家族”こそが、あなたのグランプリね」
CHAMは静かに微笑みながら頷く。
「ああ。俺の中では、もう優勝してる」
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IX. 音楽と数字の交差点
Zone STARZの内部資料には、CHAMの手によって、
楽曲の流通戦略・収益見込み・ライブシミュレーションが緻密に書き込まれていた。
FOXが思わず笑って言った。
「これ、もうビジネスとして成立してるな。正体を隠してるのが惜しいくらいだ」
「でも、正体を隠しているからこそ、自由に表現できる」とKOUH。
CHAMはノートPCを閉じながら、言った。
「名前を出すか出さないかなんて、問題じゃない。俺たちは、音で誰かの人生を支える。数字と同じように、音楽でもな」
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エピローグ:0から1を生む力
CHAMは、家族のために働き、Zone STARZの基盤を守り、
表には出ずとも、音の裏側ですべてを設計していた。
誰かが目立ち、誰かが支え、誰かが導く。
それがZone STARZの形。
そしてその真ん中に、“静かな構築者”がいた。
――CHAM=仲間蜜介。
深夜0時を過ぎた東京の街は、しんと静まり返っていた。
Zone STARZの秘密スタジオの中、最後に残っていたのはCHAM一人。
音源の最終チェック、財務プランの確認、そして次回リリースに向けたスケジュールの再構成——
すべてを終えて、彼はふぅと息をついた。
小さく再生した音源。
ピアノの旋律に重なる仮ボーカル。
彼自身の書いた「Backstage Grand Prix」は、ただのエンタメソングではなかった。
それは、
数字の世界に生きてきた彼が、
誰にも知られない場所で
“心”を奏でるための挑戦だった。
── 静かに響いた、スマホの通知音。
画面には「未依奈」からのメッセージが届いていた。
【まだ帰れない? 由紀恵が寝る前に“おやすみパパ”って言いたがってるよ】
【でも無理しないでね。あなたの夢、応援してる】
その言葉を読み、CHAMはほんの少し笑みを浮かべた。
彼は静かにパソコンを閉じ、マフラーを巻き、立ち上がる。
「音楽も、家族も、どちらも選ぶ。
数字じゃ測れない答えを、俺は信じてみたいんだ。」
そう呟いて、誰もいない夜のオフィスをあとにした。
Zone STARZ——
裏方で世界を動かすこの音楽ユニットに、
またひとつ、確かな鼓動が刻まれた夜だった