表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Zone STARZの物語】  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
第1章:Zone STARZの出逢い
3/63

第2話「高校生クイズの邂逅― KOUHとHikari、そしてFOXが運命的に出会う ―」



 まだ真夏の熱気が残る八月末、全国高等学校クイズ選手権――通称「高校生クイズ」の地区大会は、炎天下のスタジアムで行われていた。


 開成高校3年、森下玜介(KOUH)は白い制服の襟元を緩め、眼鏡越しにステージを見据えていた。知の戦場。それは、彼にとって初めて“心が震える”ほどの戦いだった。


 ――隣で同じくステージを見ていたのは、洛南高校3年の孤咲東助(FOX)だった。


「お前、フランス語話せるってほんと?」

 唐突な問いに、森下は振り返る。

「え? ああ……うん。ドイツ語も少し。けど、それが何か?」

「いや、なんとなく。それ、クイズじゃ反則だろ」


 どこか突き放すような口調に、森下は思わず笑った。

「じゃあ、君は?」

「俺? 英語と……野球のサインくらいなら読める」

 そう言って、東助は肩をすくめる。


 この大会には、全国の天才たちが集まる。だが、彼らのように“天才であること”を鼻にかけない者は少なかった。だからこそ、この出会いは特別だった。


 やがて予選が始まる。

 問題が読み上げられるたび、両者の手は迷いなく挙がり、答えが正解と発表されるたびに、彼らはお互いの目を見て、静かにうなずいた。


 そのときだった。


「長崎西高校! 中埜光莉(Hikari)さん、正解です!」


 控えめな歓声のなか、女子の名前がコールされた。観客席の遠くからでも、その凛とした姿が目に入った。長い髪をひとつにまとめ、白いセーラー服に日傘を差す彼女の横顔には、不思議な自信と気品があった。


 森下は息を呑んだ。


 その視線に気づいたように、彼女がふとこちらを見て微笑む。


 ――それは、森下にとって「人生で初めて音が聞こえた」瞬間だった。

 今まで学び続けたことに意味があったと、初めて心が震えたのだった。


 一方、東助はその様子を見て鼻を鳴らす。

「惚れたな」

「……うるさい」

「言っとくけど、恋とクイズは両立しないぞ?」


 そんな会話を交わしながら、彼らはそれぞれの道を歩き出す。だが、この日の出会いは、やがて“音楽”という運命へと繋がっていく。


 3人は知らなかった。

 数年後、医師と看護師と弁護士という肩書きを背負いながら、Zone STARZという名の“誰にも知られないバンド”を結成することになるとは――。


 地区大会が終わり、彼らはそれぞれの学校へと戻っていった。

 だが、決勝大会で再会することは、ほぼ確実だった。


 数週間後――。


 日本テレビ本社前に設けられた特設ステージ。全国大会の初日、開成・洛南・長崎西といった各地の強豪校が集うなか、森下玜介(KOUH)は人混みの中に立っていた。


「よう、開成のメガネ」


 声の主は、やはり孤咲東助(FOX)だった。青いTシャツを身にまとい、無駄な熱意を隠すことなく近づいてくる。


「君も通ったんだな。やっぱり」

「ああ。そっちは?」

「当然」


 彼らの会話は短く、だが妙にしっくりと噛み合っていた。


 そのとき、再び彼の視界に、白い日傘の影が映る。


「……長崎西、か」


 中埜光莉(Hikari)は、仲間たちに囲まれながらも一人だけ浮いているように見えた。彼女の瞳は何かを求めるように、まっすぐ前を見ていた。


 そして、偶然か、必然か――その視線は再び、森下と交錯する。


「……やっぱり来てたんですね」


 小さく、控えめな声。それでも、森下の胸の奥に、その声は真っ直ぐ届いた。


「ええ……あなたも」


 わずかな会話。それだけで、世界が少し変わる気がした。


「中埜さん、って……理系なの?」

「はい。将来は、医療に関わる仕事をしたいと思ってます」


 その言葉を聞いた瞬間、森下は自分の心が跳ねるのを感じた。

 彼が医学部を目指す理由――それはこれまで「知性」だった。しかし今、初めて「誰かのために」という感情が芽生えた気がした。


 その後も彼らは、それぞれのブロックで戦いを繰り広げた。

 だが、決勝の舞台に立ったのは、偶然にもこの三人の属する学校だった。


 そして――


「次の問題。『次のうち、メンデルが用いたエンドウマメの形質に含まれないものを選べ』……」


 選択肢が読み上げられる前に、森下の指が迷わずボタンを押した。


 ピンポン!


「正解!」


 観客席からどよめきが起きる。

 ――彼はすでに、問題を「読む前に解く」領域に達していた。


 だが、そのすぐ後――中埜光莉が、文系問題で誰も手を挙げなかった問いに、唯一人、立ち上がった。


「正解です!」


 同じくして、孤咲東助は、時事問題と法律関連の難問に次々と答え、視界をさらっていった。


 それは、まるで三人が一つの楽章を奏でているようだった。

 静かに、だが確かに、音楽ではない“調和”が生まれはじめていた。


 全国大会の決勝戦――そのラストステージは、東京・汐留の日本テレビ本社ビル最上階に設けられた、特別仕様のスタジオで行われた。


 各校のトッププレイヤーが激突するなか、森下玜介(KOUH)、孤咲東助(FOX)、中埜光莉(Hikari)はそれぞれの得意分野で圧倒的な存在感を放っていた。


 そして迎えた、最終問題。


「最終問題。『この出来事は何年に起こった?』。ある国の憲法が改正され――」


 読まれる前に、孤咲の手が動いた。


 ピンポン!


「1949年、ドイツ基本法の制定です」


「正解!」


 洛南の勝利が決まった瞬間だった。


 観客席からは歓声が巻き起こり、洛南チームの仲間たちが東助に駆け寄ってくる。だが、彼は微笑みつつも、ちらりと視線を横へやった。


 そこには、森下と中埜がいた。


 二人は勝ち負け以上に、自分が得た“何か”を噛みしめているようだった。


「強かったな、君たち」


 孤咲はそう言って歩み寄ると、二人とがっちり握手を交わした。


「悔しいけど、楽しかった。初めてこんな気持ちになったかも」

「私も……高校生活で一番、熱くなれました」


 そして、控え室――。

 着替えを終え、帰り支度を始める中埜に、森下が静かに声をかける。


「……中埜さん」


「はい?」


 森下は、どこか覚悟を決めたような目をしていた。


「将来、僕は医師になります。だから、またどこかで――必ず会いましょう。患者と医師じゃなくてもいい。医療のどこかで、あなたと並んで働きたい。……そう思いました」


 その言葉に、中埜は一瞬、驚いたような顔を浮かべたが、やがて柔らかく微笑んだ。


「……私も、そうなれたらいいなって、思ってました」


 照れくさそうに、しかししっかりと頷くその姿は、間違いなく森下の記憶に深く刻まれた。


「それじゃあ、また十年後」


「……もっと早くても、いいかもしれませんね」


 二人は別々の道を歩き出した。

 だがその先には、また必ず“再会”が待っている。そう信じられるような一日だった。


 その頃――控室の隅。孤咲東助は誰にも言わず、静かにスマートフォンの録音アプリを起動していた。


「この日のこと、俺は忘れない。

 でも、勝つことがゴールじゃない。

 十年後、あいつらがどこで何をしてるか――

 俺はそれを、弁護士として見届けてやる」


 ひとりごちるようなその声には、少年の頃にはなかった“意志”の響きがあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ