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歌う小説たち

ラスト・ナイト・オン・アース

作者: 野本ひかる

お立ち寄りいただきありがとうございます。

 空には巨大なオーロラのカーテンがはためいている。虹色から虹色へ、終わりのない風が夜空を駆け抜けていた。


「老師様は、今夜、セカイが終わるって言ってたわね」

 

 フローラはつい最近、村の長老が言っていたことを思い出していた。みんな悲愴なおももちで泣きわめき、家族で抱き合って慰めあっていた。


「せっかく綺麗なものが見えるようになったのに、何もかも終わったらどうなるのかしら?」

 フローラには家族がいないので、1人家で考えていた。

 

 フローラは、集められるだけ集めた大きな花束を重そうに抱え、約束の場所にたどり着いた。


 今日は彼との別れの夜。


「フローラ」

 彼は嬉しそうに笑って、フローラを迎えてくれた。ハグをして頬にキスを落とし、花束を見て笑う。

「いらないって言ったのに」

「だって、私にはこれくらいしかできないんだもの」

  

 名も知らない美しい彼とは、ちょうど1年前の今頃出会った。銀の長い髪に青い瞳の、人間離れした容姿の彼は、フローラの母親の友人だと名乗った。


 それから度々、彼は一人暮らしのフローラのもとを訪れた。母親の墓に何度も参り、墓前で沈黙のなか目を閉じていた。

 


「ねえフローラ、本当に一緒に行かないの?」

「うん、わたしはたぶん、ここでしか生きられないから。村から出たこともないし、これからも出る気はないし」

 フローラは生まれた村が気に入っていた。親が死んで身寄りがいなくなった後も、みんながフローラを慈しみ育ててくれたこの辺境の村が。


「そう、残念だね」


 男はさらりと言った。

「君なら、僕たちのところでも生きていけたかも知れないのに」



 ☆☆☆

  

 

 もともとこの星の生き物の持つ、感情というものは、彼には備わっていない。フローラとの交流を通じ、彼はそれと似たようなものを少しだけ身につけた。

 この星でパターン化された受け答えを、あらかじめインプットしておけばたいていの会話は成り立ったので支障はなかった。


「君のお母さんのお墓参りができて良かった」

「ええ、母もお友達が訪ねてきてくれて喜んだと思うわ」

 

 男はフローラの母親の墓を掘り返したとは、口が裂けても言わなかった。棺桶の中にあった仲間だった破片を取り出し、サンプルケースに詰めたので任務は完了だ。故郷のラボで仲間を再生してやることができる。


 

 男の仲間が、この星に漂着したのがきっかけだった。

 通信の途絶えた座標の近辺を探すと、乗っていた船の残骸は見つかったが、仲間の姿はどこにも無かった。


 仲間はこの星のニンゲンと同じような姿形になり、近くの集落へ助けを求めたと考えられた。男も同じようにニンゲンの姿を模し、仲間の痕跡を追った。

 仲間の船が連絡を経って、この星の時間で換算すると2年ほど経っていた。男たちの種にとっては、それはたかだか3日ほどの出来事であり、救助も容易かと思われた。


「妻は亡くなりました、流行り病にかかってすぐ……」

 仲間が助けを求めた先の家で、つがいとなっていた夫は申し訳なさそうに頭を垂れた。

 男はやはり、と思った。彼らにとって異星でいちばん脅威となるのは極小のウィルスである。屈強で長命な彼らでも、体の中に入りこまれ増殖されると弱い。


 この星はもともと辺鄙な場所にあり、ワクチンの類もあまり整備されていなかった。男は出直すことにした。

   

 入念な準備をして再び来ると、この星で16年ほど経過していた。残念ながら、あと1年でもう星の寿命は尽きるだろうと計算が出ている。今回の旅が最後になるだろう。

 男が仲間のいた家に行くと、そこには仲間の娘だと名乗る人物が1人暮らしていた。


 それがフローラだ。

 仲間は大変に優秀な個体だった。この星のニンゲンという種を内から外からすべて観察し、ニンゲンのメスとして完全に擬態したのであろう。そして、ここで暮らす代償として、オスとつがいにならざるを得ず、ウィルスに対抗すべくやむなく自分のコピーを作り遺したのだ。


 フローラはニンゲンとしてコピーされていたため、自分たちと同じ力は使えそうになかった。彼女は完全にニンゲンとして育っていたが、自分たちの星に戻せば、いずれ仲間と同じ力を取り戻すかも知れない。


「なあフローラ、俺と一緒に行こう。君が見たことのない世界だ。そこはきっと君の故郷になり得る」


 男は何度もフローラを誘ったが、フローラは首を縦に振ることは無かった。籠絡するため友人としてでなく、もっと強く精神に作用できるオスの恋人として接したが、やはりだめだった。


「擬態はできても、コピーを作るのはちょっと難しいからな」

 男は1年粘ったが、諦めた。そして仲間の墓を掘り返し、どうにか使えそうな破片を集めた。再生には手間と時間がかかるが仕方ない。


 もちろん無理やりフローラを連れて行ってもよかった。だが、コピーは得てして不安定だ。長い宇宙の船旅途中で精神が弱り死んでしまっても困る。


 

 この星の寿命はそろそろ終わろうとしていた。

 今日が最後の夜になるだろう。

 

 オーロラの反対側の空には満月が浮かび、彼はそれを手で仰いでフローラの視界から一瞬遮った。そしてまた満月の輝きが見えたとき、男の体は花束とともにさらさらと金の光の粒となり消えていった。


「さようなら、フローラ」

「さようなら……」


 男は宇宙船に身体を転送したあと、抱えていた花束をすぐに焼却した。生物は持ち込み厳禁だ。ウィルスを星に持ち帰るわけにはいかない。


「残念だよ、フローラ」

 遠くなっていく星を見ながら、男だったものはもう一度つぶやいた。



☆☆☆

 

 

 男が消えたあと、フローラはその光を長い時間見ていた。そして1人家へと帰っていった。


「愛してるのよねえ、ここを」

 フローラは独りごちた。

 本当はすべて分かっていたし、覚えていた。自分が何者かも、どこから来たのかも。それでもフローラは、この星に残ることを選択した。


「故郷に帰ったら、もう愛するなんて感情は無くなるでしょうね。だから今回は、このままで良いわ」

 

 故郷では命は尽きることなく長く存在し、仲間たちとはいつまでも離れることはない。争いもなく、平和で、ただただ穏やかな日々が永遠に続く。

 なので、そこに愛という感情は芽生えることはない。


 今晩、この星とともにフローラの命は消える。でもフローラを構成したものは無くならず、宇宙のなかで塵となり、再びどこかで何かに編成されるだろう。


 そのときまた、故郷に帰るかどうか決めようと思う。


 

 フローラは目を瞑り、愛するこの星の最後の吐息に耳を傾けた。

ラスト・ナイト・オン・アース "Last Night on Earth" - Green Day 

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― 新着の感想 ―
面白い設定でした感情のない世界から見た 感情に対する飢えがわかります。SSとしてすごい良くまとまった作品でした。
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