第1章 第3話 門を叩く
灯火屋商会の薄暗い応接室。
ハンナが帳簿をめくり、老人は煙管をくゆらせながら考え込んでいた。
その向かいで、アルフレッドはすでに行動を始めていた。
古い商業登録簿を引っ張り出し、どの商家がフォン・アーデルベルト家と接点を持っているかを洗い出している。
ハンナが、そっと尋ねた。
「……紹介してくれそうな人、見つかるんでしょうか?」
アルフレッドは手を止めず、事務的に答えた。
「見つけます。時間は惜しい。」
老人が小さく鼻を鳴らす。
「ずいぶん強気だな。」
アルフレッドは応えなかった。
ただ一冊、古びた帳簿に目を留める。
貴族家向けの馬車用品を扱う商家——〈フラウム商会〉。
小規模だが、以前からアーデルベルト家の馬車整備を任されていたらしい。
(悪くない。)
アルフレッドは立ち上がり、簡潔に告げた。
「〈フラウム商会〉に行きます。繋ぎを頼みます。」
老人は少しだけ眉をひそめたが、何も言わなかった。
ハンナも慌てて席を立つ。
「わ、私も……!」
アルフレッドは一瞬だけ彼女を見たが、反対はしなかった。
そのまま、無言で店を後にする。
商都の一角、日が傾き始めた市場通り。
〈フラウム商会〉は、二階建ての小さな馬具屋だった。
看板の金具は錆び、建物も古びているが、確かに商売は続いている。
アルフレッドは扉を叩き、名前を名乗った。
対応に出た初老の商人は、最初こそ警戒したが、灯火屋商会の名前と話の筋を聞くと、次第に態度を和らげた。
「……あんた、真面目にやる気だな。」
「当然です。」
アルフレッドは、ほとんど感情を込めずに答えた。
その静かな迫力に、商人はつい息を呑む。
しばらくの問答の末、フラウム商会は紹介を引き受けた。
正式な推薦状を整え、貴族家に渡す手配をするという。
数日後。
灯火屋商会に、一通の手紙が届けられた。
紋章入りの、上質な羊皮紙。
フォン・アーデルベルト家、家令代筆のもと、当主の名前で記された召喚状だった。
内容は簡潔だった。
——「提案内容を伺いたい。指定の日時に屋敷へ来訪されたし。」
老人は手紙を読み上げ、静かに嘆息した。
「……本当に、門を叩きやがったな。」
机越しに見たアルフレッドは、ただ淡々と頷いた。
隣でハンナは、緊張と期待に顔を強張らせながら、ぎゅっとスカートの裾を握りしめていた。