表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/64

第1章 第2話 再起への道筋

帳簿の山を端に寄せ、灯火屋商会の小さな応接机に三人が向かい合った。

老人とハンナ、そしてアルフレッド。

油のにおいが染みついた空間に、静かな緊張が満ちている。

老人が先に口を開いた。


「さて。……どこの貴族家に仕掛けるつもりだ。」


アルフレッドはすぐに答えた。


「フォン・アーデルベルト家です。」


ハンナが小さく息を呑み、老人も煙管をくわえたまま、わずかに眉をひそめた。


「あそこか。長男が死んで、家業の一端を娘が継いだって話だったな。」


「ええ。領地経営は堅実ですが、鉱山と隊商事業で負債が膨らんでいます。現在、資産の整理か売却を検討している様子が見えます。」


アルフレッドの声は静かだった。

必要な事実だけを、無駄なく告げる。

老人は煙を吐き出し、机の端を指で叩いた。


「……確かな証拠は?」


「ありません。ただ、市場の動き、税記録、取引先の離反。すべての傾向が同じ方向を示しています。」


相変わらず、抑揚のない声だった。

そこに期待も不安も読み取ることはできない。


(思い込みじゃない、ということか。)


老人はそんなふうに思った。

目の前の若者は、願望ではなく、積み上げた事実で物を語っている。

一方で、ハンナは懸命に話を追おうとしていたが、内容を完全に理解しているとは言い難かった。


「それで……どうするんですか?」


ハンナが恐る恐る口を開いた。

アルフレッドは一度だけ視線を向けると、答えた。


「正式な提案書を整え、先方に届けます。」


「でも、そんなの……受け取ってもらえるんですか?」


素直な疑問だった。

貴族という存在が、無名の商人の申し出など取り合わないだろうと、誰もが思っている。

アルフレッドは一呼吸置き、淡々と続けた。


「紹介者を立てます。ギルド経由でつてを探るか、なければ推薦状を添えて送ります。」


老人が目を細める。


「通るかどうかは、運任せだな。」


「ええ。ですが、動かなければ、何も始まりません。」


その一言に、老人は煙管を外した。

灰を落としながら、しばし黙考する。


(リスクはあるが、動かなければ商会は終わる。ならば、賭けるしかないか。)


長い沈黙の末、老人はうなずいた。


「いいだろう。やってみるさ。」


ハンナは不安と期待がないまぜになった顔で、二人を見比べた。


(……私にも、できることがあるのかな。)


心の中で小さく問いかけながら、灯火屋商会の新たな挑戦に、身を預ける覚悟を固めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ